オレールの場合(前編)
長くなったので前後編にしました。
大勢の人で賑わっている市場を前に紫依の表情が少し輝いていた。
「たくさんの人がいるのですね」
「ここはバルダの街でも一番大きな市場ですから、いつも活気があります」
街の入口でウマを降りた紫依とオレールは歩いて神殿を目指していた。
その途中で見つけた市場に紫依が寄りたい言い、予定時間より早く到着していたこともあって市場を見ることになったのだ。
「いろいろな物がありますね」
紫依が珍しそうに露店や商品を見ていく。
オレールは軽く周囲を見回しながら説明した。
「ここは港が近いですから、いろんな品物が集まってきます。こういうところは初めてですか?」
オレールが視線を紫依に向ける。だが、そこにいるはずの姿が見えない。慌てて周りを見渡していると隣から声がした。
「はい。いつか見に行ってみたいと思っていたのですが、なかなか機会がなくて実際には見たことがありませんでした」
声がした方を見れば、そこは最初に紫依がいると思って見た場所だった。
思わず目をこすり表情を険しくするオレールを見て、紫依は察したように説明した。
「もしかして姿が見えませんでしたか?ごめんなさい。人が多いところに行くときは気配を消すように言われていましたので」
オレールは紫依の容姿を見て理解した。
この外見で人が大勢いるところに行けば嫌でも視線が集まる。それどころか、いらぬ事件、事故に巻き込まれる可能性が高い。魔王を封印する前に面倒事は起こしたくない。
紫依の適切な助言をした人に感謝しながらオレールは頷いた。
「わかりました。見失わないようにします」
「ご迷惑をおかけします」
そう言いながら紫依はオレールを見て少し首を傾げた。
「オレールさんの生まれ故郷はこのような大きな街ですか?」
その言葉にオレールの視線が少しだけキツくなる。
「いえ、私の生まれ故郷は畑に囲まれた農村です。代々そこの領主を努めています」
「それで竜が現れたときに畑を気になさったのですね」
紫依が少し微笑む。その微笑みに心の中を見透かされたような気がしてオレールは話題を変えるために露店を指差した。
「ここは海が近いですから新鮮な魚介類が多くあります。ここでしか食べられない料理もありますが食べていかれますか?」
「それは美味しそうですね。ですが、神殿に行かないといけないですよね?」
「夕方に着く予定でしたから、それぐらい寄り道しても大丈夫でしょう。カルシの街の勇者様も夕方に到着の予定ですから」
「そういえば他の街の勇者様とは、どのような方々なのでしょうか?」
「バルダの街の勇者様の情報はありませんが、カルシの街の勇者様は金髪、碧眼で少年とは思えないほどの美少女だそうです」
オレールの話を聞いて紫依が顎に手を置いて黙る。
珍しく考え込んでいる様子の紫依にどう対応したらいいのかわからないオレールは周囲に視線を向けた。そこで見覚えのある茶髪が歩いている姿が目に入った。




