ジオニックと地球
「ねえ、まだ?」
「もうすぐだよ」
「すっごく暇なんだけど……」
「じゃあ、お菓子でも食べる?」
「いらないよ」
僕は、ポータブルゲーム機をポケットに押しこみ、父を残して列から離れた。やっぱり、受付係はまだ来ていない。早くこないかな。双子星だか、いとこ星だか何だか知らないけど、さっさと見て家に帰りたいんだけどなあ。
「タクマス!」
父の声だ。
「ふらふらするんじゃない」
手招きで僕を呼んでいる。
「はあい」
僕は列に戻り、床にへたりこんだ。まぶたが重い。この時間、いつもなら寝床を敷いて真っ暗闇の天井を見つめながら、お気に入りの音楽を聴いてるんだけどなあ。
「ほら、これ」
「なに?」
「AZ666。今夜の観測対象だよ」
父は目に照れたような明るい色を浮かべ、にやにやと笑っている。
「こっちきて見てよ」
僕は立ちあがり、雑誌を覗きこんだ。
「ふうん」
「ふーんって、それだけ?」
「なんか、ジオニックとそっくりだね」
「その通り! AZ666は、我々の住むジオニックとよく似た惑星なんだ」
「じゃあ、水も、空気もあるの?」
「イエス。と、この雑誌には書いてある」
「ふうん」
僕はページをめくり、さっと目を通した。
「距離は? ジオニックからどれくらいで行けるの?」
「――そうだな」
「ゼタンバルスで行っても、何百年ってかかるらしい……」
「なにそれ、だめじゃん」
「まあ今はね。でも、すぐに行けるようになるさ」
「それって、ずうっと先の話でしょ?」
「んん、なんとも言えないな」
その時、急にホール内が騒がしくなった。
どうやら、係員による誘導がはじまったようだ。
軌道エレベーターの鉄扉が開いた瞬間、僕の小さな瞳に巨大な人工物が飛び込んできた。
「すごっ! なにこれ」
思わず、感嘆の声をあげてしまった。
「驚いたろ?」
父は例のにやにや顔で、僕の肩をこづいた。
「大きな虫眼鏡って感じだね」
僕は、見たままの感想を率直に言った。
「そうだね」
「まあ、細かい説明はあの人がしてくれるよ」
それからすぐ、父の言った通り巨大な人工物についての説明がはじまった。僕たちツアー参加者は、ぴったりとした黒いウールのスーツに身を包んだ係の人を囲むようにして話を聞いた。難しい用語は分からなかったけど、とにかくすごく遠くまで見えること、それに、これ一台で、ラムジェットが五機たやすく買えることがわかった。
「まあ、いろいろ言ってるけど、覗けばわかるよ」
「うん」
巨大な人工物についての説明が終わると、今度はいとこ星、AZ666についての説明がはじまった。係の人は、時速百四十キロくらいのスピードでAZ666の解説をしながら、レンズに顔を押しつけ、リモコンを上手に操作しながら大きな虫眼鏡を動かして見せた。
「ねえ」
「なんだい?」
「誰か住んでるの? あの青い惑星に」
「ああ、いるとも。たくさんいるさ」
「なんで? どうしてわかるの?」
「タクマス! 声が大きいよ」
「ごめんなさい……」
僕は口を閉じて、足元に視線を落とす。
興奮のあまり、ここが公共の場であることを忘れていた。
「後で、ちゃんと説明するから」
「はあい」
「ほら次、タクマスの番だぞ」
僕の身長に気がついたのか、係の人がはしごを持ってきてくれた。
「片目を閉じて見るんだぞ」
「うん」
僕は、父に支えられながらレンズを覗きこんだ。
「……」
「……」
「どうだ? ちゃんと見えてるか?」
「うん。なんか、写真と全然ちがう」
「っえ」
「すっごく小さい!」
僕は顔をあげ、目を怒らして父を見る。
「そりゃ、しょうがないよ」
「どうして?」
「観測する場所や距離、それに時季によっても全然ちがって見えるものなんだよ」
「ふうん、そうなんだあ」
「でも、きれいだろ?」
「うん。ほんと、ジオニックとそっくり」
「いとこ星だからな」
「ねえ、もう一回見ていい?」
「ああ、好きなだけ見なさい」
僕は父の肩につかまり、そっとレンズを覗きこんだ。