第十話
「……あれ?レイスー…?」
謎の赤い物体が振り返る。ソイツがベットに突っ込んだ隙に、逃げようとしていた俺の足も同時止まった。
「お…おはッぐっ!?」
だが、こちらが挨拶するより早くソイツが抱きついてきた。
「おはよっ!レイス♪今日も良いもふもふ加減で…ん?この肌触り…シャワー入ったばっかしかぁ…!はぁはぁ…くんくん…良い匂い…。あぁ…このまま抱き枕に……」
「っ!?だ、誰がなるかっ!!」
俺が必死に身体から引き剥がそうとするが…取れない。というか、まるで固定されてるかの様に動かない。
「あからさまに、そんな動揺されちゃったら…あはは…可愛いんだから、レ•イ•ス
…」
そいつは俺の尻尾の付け根を手で優しく包み、そのままゆっくりと上へ動かしていく…脳髄に、何か痺れのような…えも言われぬ何かが込み上げて来た…。
「く…あッ…ッ〜〜〜!!おいっ!気持ち悪ぃなっ!離れろ!ルレアっ!ってか、なんで寝巻きのままなんだよ!?」
このルレアと呼ばれた女が俺を拾ったあの時の少女だ。
本名はルレア・リグリース。赤髪のショートヘアーで歳は俺より二つ下の17。ついでに、身長も低い。現在、俺が185cmだから…コイツは、大体150cmちょいくらいだろう
他人から見れば、背の低い可愛い女性…とでも見えているんだろうが…だが実際、コイツは体の割にバカみたいに大食いに加え馬鹿力で、終いには毛並みが良く程よい毛の長さを持つ獣人には時と場を選ばずに抱きついてくる。俺はあまり手入れもせずにシャワーとか浴びて、洗ってるだけなんだがな。
(正直、こっちにとってはいい迷惑なんだよな……)
「んふふぅ♪嫌だね。誰が離れるもんかっ!寝巻きのことは突っ込まないでっ!」
「んなっ!?」
ルレアは離れるどころか、ますます強く俺に抱きついてきた。つか…本当に強い折れる折れる…本気で折れるこれ…!!
「ぐ…ぅ…!!」
(ちくしょう…このっ…そっちがその気なら…)
未だ俺を抱き締め殺そう?としているルレアを抱え…先程自分が寝ていたベッドへと向かう。
「え…?」
急に抱えられたルレアが戸惑い始める。何故先程まで嫌がっていたレイスが嫌がりもせずに私を抱えているのか…。
(ん?ベッド…?)
瞬間、ルレアは悟る。
(まっ…まさか……そんな…いきなり…!?しかも朝から…!?)
俺は静かにベッドへとルレアを下ろしてやる…すると、何故かルレアもすんなりと手を離してくれた。それどころか顔を背け、真っ赤にしながらあたふたしている。
「そっ…そんな…私の美貌に惚れたからって…いっ…いきなりこっ…こうゆうことするのはちょっと…まっまま…まだっ…準備が…。でも…レイスが…」
そう言い、顔をレイスに向けると…
───もういなかった。
ルレアの中で、プツっと何かが切れた音がした。
「あぁんの馬鹿レイスゥゥゥウッ!」
宿を揺るがすような叫び声。
この時、宿に泊まっていた宿泊客の殆どが飛び起き、従業員までもがその声に腰を抜かしていたらしい。
††††††††
「はぁっ…はぁっ……」
一方その頃、俺は宿屋前の街道を少し先に行った、レストランの前に来ており、ドア前で深呼吸し、息を落ち着ける。
「ここまで来りゃあ、そう簡単には………さて、飯食うか!」
「いらっしゃいませー!」
ドア近くのカウンターから、男性従業員の声が聞こえ、意気揚々と店内へと入る。席へと座り、適当にメニューを選び頼んだ。
………一応…二人分の。
「はぁっ…はぁっ…見つけたぁっ!!馬鹿レイスッ!!!!」
ルレアが息を荒げながらレストランに入ってきた…というか、早い。あまりにも来るのが早い。何故見つかったんだ……。
(探知魔法でも使ったのか…?)
その上、着替えてきたのか、服装が寝巻きからいつもの普段着に黒いローブを羽織っている。
他の客が何事かと振り返るが、ルレアはそれには目もくれず此方へと歩いてくると、俺の前の席にどんっと座り、ジトりと睨みながら叫んだ。
「酷いじゃないっ!乙女心を弄ぶなんてっ!」
テーブルをバンバン叩いている。
(いやいや、それよりこっちの迷惑を考えてないよな?お前…。)
俺がルレアを見つめた瞬間、ルレアの目付きが変わった。
(これは…この…とろんとした目は……!!)
途端に椅子ごと後退る。そんな様子を見たルレアは、笑顔でこう言った。
「あとでたーーっぷりもふもふさせてもらうから…」
「やっぱりか………。」
全身に悪寒が走る。
「いや…あの…さ…いきなり抱きついたりするのは…ルレアが悪いよな…?」
必死に逃げようと言い訳をする…が。
「ふふふ…何処からがいいかな…胸?いやアソコはもふもふし飽きたし…。あ……」
──聞いてない…上の空だ。しかも俺の尻尾を凝視している。
(次は尻尾!?尻尾なのっ!?やっ…やべぇ…あられもない姿を見られてしまう…)
全身から変な汗が吹き出てきた…。するとその間を裂くように料理が運ばれてきた。
「とっ…とにかく…食べよう?な!?」
話を逸らすために料理を勧める。
「そうね……食べようかな。」
(よし!うまく逸らせ…)
「後でお楽しみもあるし…ねぇ…?もふも…あ、いや…レイス君……?」
ダメだコイツ、頭の中に俺をもふもふすることしかない!!!そして俺は考えることをやめた。
「……ぅん…ソウダネ…」
もう諦めました…。
───飯が進まない……。
一方アイツはあり得ない早さで食べている。俺はこの後の事を考えると、どんどん食べる気がしなくなってきた…。
「しっぽぉ…なんで尻尾なんだよぅ…。」
愚痴が聞こえていたのか、ルレアが返答した。
「だってレイスの尻尾さぁ、いつも私を誘うようにゆらゆらフサフサ揺れてるんだもの。もう我ま──」
──ガシャァンッ!!!
「──はぇ?」
突如、店の入り口付近からガラスの割れた音がした。ルレアが突然の事に肩をビクっとさせ、後ろを向いた。割れた場所はカウンターのようでで、背が高くがたいの良い男と子分のような人間の2人組が店主を脅していた。床にはグラスの破片が散らばっている。
「おいおい…店主さんよぉ?俺の服に何しちゃってる訳?」
背の高い男が店主の胸ぐらを掴み持ち上げる。どうやら服にワインを溢されたらしい。
「あ…ひぃッ…!す…すみません…!」
店主は抵抗する術なく持ち上げられていく。
男が子分に何かを催促する。すると子分は不敵に笑うと、背の高い男に何かを渡した。
…大振りのサバイバルナイフだ…。それを店主の首に突きつける。店主は悲鳴をあげ、他の客はそれに驚き声もでない。
「ったく、朝から血の気が多い奴だな…。」
「あ、レイス…」
「あー、ちょっと待ってろ。すぐ終わらせるから。」
俺はルレアの話を最後まで聞かずに、背の高い男に近付き、ギリギリと音がするほど強く肩を掴んだ。
「おい……朝から騒がしいんだよ。お前みたいな血の気の多いゴロツキは、黙って出てって真っ当に働いててくれないか?」
「あ?なんだテメェ…?」
男は店主を放すと、今度は俺へとナイフを向けた。
「お前から先に死にてぇのか!!!」
いや死にたかねぇし…。まぁそんなことは、どうでもいい。
男が怒声をあげるが、レイスはただ一言、落ち着き払った声で言った。
「殺れるもんなら殺ってみろよ……?」
男の顔色が怒りでどす黒くなる。
──レストランに緊迫感が漂った…。
周りの客が固唾を飲んで見守る中、ルレアはレイスの分の朝食も食べていた。
「はぁ…もー…話聞かないんだから…いいもんっ!レイスの分も食べてやるっ…もぐ…うはぁ!?このソテー美味しいーっ♪」
極限に、空気が読めないルレアであった。