第九話
ようやく、一章に入れました…w
──鳥の囀りが聞こえる。
それに加え、宿の外の市場も活気づき、朝の喧騒を響かせていた。
ベッド上にパンツ一枚で寝ている、全身黒毛の犬のような、狼のような顔立ちをした青年…レイスはうるさいとばかりに寝返りをうち、身体に掛けていたタオルを頭まで深く被る。
「う……んぅ……ぅ…っせぇな…。まだ…朝早ぇのに…ったく、この街の連中は朝に強いとみた……よっ…と。」
ゆっくりと身を起こして大きな欠伸をし、まだ寝ぼけた脳へと酸素を送る。寝起きのせいか、身体中の毛に寝癖がついていた。
「ふぁあぁあ……んぁ?またか…。」
こんな風に身体中の毛に寝癖が付くのはほぼ毎日のことだ。特に最近は酷く、毛が長くなってきたのか毛先がくるくると巻いており、嫌気が差している。
不意に、俺はベッドの横に掛けておいたネックレスを手に取り、じっと見つめた。
──『母さん…おはよう!』
『おはよう、レイス。』──
もう…あの日から10年の歳月が過ぎた。
忘れもしない……あの時、俺は【間違いなく】母さんに眠らされた。
どうして母さんがそんなことをしたのか…今となってはもう…知る術はない。しかし幸か不幸か、森に倒れていた俺は偶然、町から逃げてきた少女に拾われソイツと暮らしてきた。
その少女はあの戦争で両親を殺された挙げ句、姉まで拐われたらしい。運ばれた後、俺が目を覚ますとやはり母さんはいなかった。
(帰ってこないのは…わかっていたはずなのに…。)
耐えようのない悲しみがまた込み上げてくる。苦しくて、苦しくて、たまらない。
「そっか…俺は、母さんから長く離れたことって殆ど無かったんだっけ…。あぁ…独りって…こんなに淋しくて…苦しいんだ…」
気がつくと、いつもそこには母さんがいた。その存在が今は──。
「ねぇ、母さん…僕はどうすれば……」
暫く黙った後…気付いたんだ。
──探せばいいんだ、と。
来るのを待ってもしょうがない。
探そう…例え、どんな悲しい事実があったとしても、目を背けない。
あの時、そう決心し、俺は少女と旅に出た。俺は母さんを、少女は姉を探すために。
始めは困難ばかりだった。食料は自給自足だし、動物は襲ってくるわ、移動は徒歩だわ、そして何より風呂代わりにと、川で水浴びをしていたが、それも色々と辛いものがあった…。
「もー冷たい水は嫌っ!寒いっ!温かいお風呂入るぅう!」
と、少女が音をあげ、半ば強引に俺を最寄りの村へ入れた。渋々、何処か宿は無いものかと歩き回っていた矢先、偶然出会ったのは今の俺の師匠で、その師匠の元、俺と少女は修行していった訳だ。
その師匠がリーダーをしていた傭兵団…『ティルヴィング』に入団することを条件に、少女は魔法やら、短剣の扱い方やらを教わり、俺は体術を徹底的に扱かれた。あの時は死ぬかと思ったな、割と本気で。
まぁ、現在は修行も終わり、本格的に母さんを探し始めたその道中。俺が宿泊しているこの宿はあの森から遠く離れたフェルグスという街だ。周囲が森林に囲まれ、耕作や林業などに力を入れている街で、毎朝街の中央通りには新鮮な山の幸や野菜、果物を並べた店が軒を連ねている。
「つか…いつまでもベッドに座ってないで、動くか…っとと…」
俺は立ち上がると、まだフラフラとおぼつかない足取りで浴室へと向かう。
(とりあえず…シャワー浴びて、寝癖直すか…。)
──そう、完全に寝惚けていた。
キィ……ぎゅむっ
「ぎゃんッ!?」
勢いよく閉めた脱衣場のドアに、尻尾を挟めてしまい、全身を電撃が貫いたような衝撃が走った。
「いっ…いだあああッ!?!?」
それで完全に目が覚めたが、あまりの痛みに脱衣場の中を転げ回る。
なんでそんな痛がるの?と疑問になる人もいるだろうから、説明しておこう。
獣人にとって尻尾とは弱点だからである。
もっと詳しく言えば、尻尾には感覚神経が集中しており、触られただけでも暫く動けなく奴も居るほどだ。そんなものを挟めたりすると…
もうお分かりだろう。
「ぐぅウッ…ったぁ…朝からなんつー…災難だ…くそっ…」
大分痛みが収まるまで幾分か時間が掛かったが、無事シャワーまで辿り着いた。
──キュッ…シャァァ…
「はぁ…」
シャワーに入っている間、レイスは『あの戦争』の事を頭の中で整理していた。
戦争を起こしたのは、ヴェルテ皇国。大陸屈指の大国だった。だが、大国であるのにも関わらず、自軍の領地拡大のために辺りの国を武力制圧し始めたことが、戦争の原因だった。
勿論、あの森のあった国も例外ではない。制圧された国の国民はとことん酷い扱いや残虐な殺し方をされたらしく、今や、その恐ろしさから皇国の名を語る者は一切居なくなった。その戦争が終わったのは10年前の…母さんがいなくなった日だ。
『皇国軍は悪しき力ふるいて国を奪い、大陸を揺るがした。だが天使が舞い降り、皇国軍を一撃で壊滅まで追い込み、二撃で根元を滅し、三撃で皇国自体を消した。』
これはあの戦争についてのある記録の一節だ。恐らく、天使とは母さんの事だろう。
しかし、これにはまだ続きがある。
『天使はその後、何処かへ消えていった。その行方は誰も知らない。』
(と、いうことは…だ。)
シャワーを止め一つ息を吐き、力強く呟いた。
「母さんは生きている…いや、正確には生きているかもしれない…か。さて、と。上がるか…。」
脱衣所で全身の水気を拭き取り、準備しておいた服を着る。動きやすいように伸縮性のある素材で作られた黒いロングパンツに、白いタンクトップ、そしてあのネックレス…これが俺の普段着だ。
だが…脱衣場から出ようとする時だった。
──ドタドタドタ……
耳がピクリと反応する。何かが俺の部屋に迫っているのが分かった。
「来たか…」
大きく溜め息をつくと、脱衣場を出て左にある、この部屋の入り口へと聞き耳をたてる。
───音が近付いてきた。
「……バレるなよ…。」
すぐ様そこから離れ、ドアの死角へと身を潜める。え?何が来たのかって…?それは…
ガタァンッ!
「レェェイスゥゥゥゥ!」
壊れんばかりに、勢いよくドアが開いた。
そこから素早く『謎の赤い物体』が飛び込み…そのまま正面にある先程まで俺が寝ていたベットへと突っ込んでいく。
(やっぱり…コイツか。)
こうして…俺の騒々しい一日がまた、始まった。