第八話【序章:終】
また暫く時間が経った。
私はもう泣いてはいない。それどころか何か、吹っ切れたように微笑んでいた。
そして自分の首もとを探り、外したそれをレイスの首に回して付けた。
──牙をモチーフにしたネックレスだ。
「これはお父さんのものよ。大切にしてあげて。」
そう言うと立ち上がり、街の方へと歩き出した。
「待ってよ…母さんっ!!!」
後を追おうとするが…目の前に見えない壁があるのか、近付く事ができない。一方、ルナティの頭はレイスのことで一杯だった。
(振り返るな。前を向け。振り返ったらそれで終わりだ)
「母さんッ!」
レイスの声がきこえる。
(立ち止まるな。進め)
「まって!!!僕を一人にしないで!」
レイスが見えない壁をドンドンと叩く。
(レイス…!!もうやめて…。母さん戦えなくなっちゃう……)
一度立ち止まってみる。
(私は今何をしているんだろうか)
まだ9才の息子を置き去りにしようとしている。この時点で私は母親失格かもしれない。
それでも……これが終われば、私がどうにかなってしまっても、レイスだけは幸せになれるかもしれない。
この子だけは…私が背負った罪に縛られず、幸せになってほしい。私はその『希望』にかけた。
「スリープ。」
そう呟いた。
──レイスのことは街からこの森に逃げた人たちに任せるしかない…。
胃がネジ切れそうな感覚がした。
「う…ぅう…ぉえっ……げほっ…はっ…はぁっ…はっ…」
湧き上がった吐き気に耐えきれず、吐瀉物を地面に撒き散らした。
その様子を見たレイスは、悲鳴混じりに叫ぼうとした。
「っ!!母さ…」
グニャリ──と、視界が眩む。
耐えようのない、猛烈な睡魔が襲いかかってくる。
「なん…だ…これ……」
声にならない。
叫ぶことが出来ない。
「か…あ……さ……」
段々視界が暗くなってゆく。
そして、母親も見えなくなってゆく…
「ま……っ……………て…………」
ここでレイスの意識がプツリと途絶えた。
───「ごめんなさい、レイス。貴方だけは…幸せになって。」
母さんのそんな言葉が聞こえた気がした。
────そして、ここに一人の人間の少女が現れる。
その少女はレイスを見つけるとすぐさま肩を担ぎ、何処かへと運んだのだった。
《さぁ…運命の歯車が回り始める》
《紡ごう。この物語を…》