第三話
狼に良く似た獣人の少年が、森の中を嬉しそうに笑みを浮かべ駆けてゆく。体毛は黒で、髪が癖毛なのか頭頂部の毛がピョコンと立っており、それがやけに少年っぽさを出していた。
彼が駆けてゆくその先には、母親が──ルナティが木陰に座って、本を読んでいる。木漏れ日が彼女の白い体毛に当たり、美しく輝いていた。
「母さぁーんっ!」
先程の少年が息を切らして目の前まで来ると、その手に持つリンゴを笑顔で見せた。
「リンゴ!僕一人で見つけたんだよ!母さんにあげる!」
「まぁ…!よく採れたわね…!ありがとう。」
朗らかな笑みを浮かべ、少年の頭を撫ぜる。
すると少年は照れくさそうに
「えへへ……」
と笑った。
カイルが亡くなった日から4年…。
この少年──レイスは7才になった。レイスにはまだカイルの事を伝えてはいない。
いつかこの子がその事実を、受け止めれるようになるまでは『仕事で帰って来れない』とだけ伝え、教えない様にしていた。
しかし、7才といえばもう自分に整理がついてくる歳だ。
(そろそろ伝えなきゃならないな……。)
そうルナティは感じていた。
(事実を知った時、この子はどう感じ、どうなるのか。)
「ねぇ、レイス……」
ふと、呼び掛けてみる。
「ん?なぁに?母さん。」
レイスは満面の笑顔で聞き返してきた。いつかのカイルにそっくりの笑顔だ。
(この笑顔に悲しい事実を突き付けられる訳がない…。)
胸の奥が締め付けられるような気がした。そうしてまた、私はまた…隠し(にげ)てしまう。
(まだ教える訳にはいかない…。)
「……何でもない。リンゴ、食べよっか?」
先程受け取ったリンゴをレイスに見せる。するとさらに明るい笑顔で、
「うんっ!!」
と答えてくれた。
このレイスの笑顔がカイルを失った私にとって唯一の救いであり、かけがえのない幸せであった。
───だが、またも、幸せは長くは続きはしなかった。
この二年後に、大陸に戦争が起きる。始めは戦火の届かなかったこの森も、徐々に巻き込まれていった。そして、【あの日】が訪れる。
レイスと私は、あの森の広い草原にいた。あの日、カイルを探した…街の方では黒煙が上がり、その光景が只でさえ戦火に怯えるレイスの恐怖心を、より強くした。
お陰で、此処のところずっとレイスは笑顔を見せてくれない。震えて、私に抱きついてくる。そして今日もまた……
私はこの戦争を起こした者を強く憎んだ。
「母さん…」
思いが伝わってしまったのか、レイスがか細い声で呟く。その声は若干震えていた。
(ダメだな、私。レイスを怖がらせるなんて…)
「大丈夫。私がいるから。母さん強いんだよ?」
するとレイスは顔を上げ、泣き腫らした目で見つめながら言った。
「本当?」
「そうよ?悪いやつなんてバババーンって倒しちゃうんだから!」
おどけて見せると、ほんの少しだけ、レイスが笑ってくれた。
それは、本当に久しぶりに見た笑顔だった。
頷き、手をレイスの頭に乗せようとしたとき……何かに気づく。
──武装した人間の集団が此方へと近づいてくる。
「そんな…!?もうここまで攻めてきたの……!?」
数は6人。いづれにせよ、レイスを危険に晒す訳にはいかない。そして私は決心した。
──戦おう、と