第二話
あれから二年の月日がたった…。私はまだ、あの森の奥地の家で暮らしていた。
──三人で。
そう。めでたくカイルと結婚し、子供が生まれたのである。私には家族、友人はいなかったが為にこの婚姻したことを教える者などいなかったが、彼には沢山の仲間がいた。
『皆、俺の仕事仲間だよ。いや、もう家族かな。』
彼は私にそう言って、仲間たちに私を紹介してくれた。幼い頃から人との関わりを絶った私に本当に良くしてくれた。
私が人前に出れるようになったのも、この出会いのお陰であろう。
そんな最中、子が産まれた。
名は『レイス』。
カイルがどうしてもつけたいと言っていた名だった。幸い生まれたのが男の子だったため、女の子につける心配はなくなったのだが。
『ほーらレイスー!たかいたかーい!』
『あーうーっきゃぁーっ』
カイルが掲げる度、レイスは笑い声をあげる。
『ったくもー…親バカも程ほどにしなさいよー。はいはい、お鍋通るよー!どいてー!』
テーブルへと食事を運ぶ。
そんな私をカイルはジト目で見つめてきた。
『んー?じゃぁルナはレイスが可愛くないのかー?…お?なーんかやけに豪勢じゃないか。今日の飯。なんかあったっけ?』
『な、何よ!可愛いわよ!…、まさかカイル…あなた今日が何の日か忘れた訳じゃ…』
すると、カイルはレイスを静かに揺りかごに乗せ、私を抱き寄せてきた。
『忘れてる訳ないだろ?付き合った記念日。覚えてるって』
私はため息混じりにカイルの腰に手を回し、抱き締める。
『もう。カイルってば、いっつもすぐ抱きしめて誤魔化すわよね。』
『じゃ、今日はもう少し…』
『うん…』
二人がゆっくりマズルを近づけてゆくのをレイスがキョトンとして見ている。
『あー…?う?』
私はその視線に気付き、顔をそらした。
『レイスが見てるよ…?』
『む?…しょうがない。今度にするか。さぁ飯だ飯!レイスー!食べるぞー!』
響き渡るカイルとレイスの笑い声。
そして他愛のない会話や、カイルへ甘えること。こんな何気ない日々が夢のようで、そして幸せだった。
しかし幸せが長く続く訳ではなかった。
度々、カイルは仕事といって出掛ける時があった。一日で済むこともあったが、多いときは三日、酷いときは一週間など家を出ていた。
そして帰ってくる度に、何かしらの怪我をしている。それでも尚、笑顔を絶やさないカイルに私は不安を…悪い予感を感じていた。
その予感が的中する出来事が起こる。レイスが3才を迎えたその日のことだ。
その日、彼は帰ってこなかった。
「今回の仕事は早く済むって言ってたのに…」
もうかれこれ一週間は帰って来ていない。
それでも、待った。
けれども帰っては来なかった。
(まさか…何かあったんじゃ…?)
そう考えるといてもたっても居られず、ついにはレイスを背負い家を飛び出し、近隣の街へと走り出し、そして着くやいなや、手当たり次第の場所を探した。
お気に入りの場所や、行きつけの店、想い出の場所などたくさん探した…家族たちにも訪ねてみた。
けれども、彼は何処にもいない。それどころか、誰も何処に行ったのか、何の仕事に行ったのか知らない様だった。
一応、訪れたところには全てカイルを見たら連絡してほしい、と念を押した。
夜、帰宅しレイスを寝かせつけた私は、ただ一人、咽び泣いていた。帰ったものの…頭の中はカイルのことでたくさんだったのだ。
『あぁ……どうか無事で……!』
私にはただ、祈ることしか出来なかった。
結局その夜は眠れず、そのまま朝を迎えてしまった。
まだ疲れが残る身体を持ち上げ、外へと出てみる。
すると、家の前のポストに一通の手紙が届いていた。
──もしかして…?
差出人は私も見知った、カイルの友人からであった。
『やっぱり!良かった…。手がかりが見つかったのかな。』
手早く封を解き、手紙を読む。しかし、返ってきたのは悲痛な現実だった。
『カイルの亡骸が見つかったらしい。地図を同封するからこちらまで。』
目眩と共に、両膝をついてしまった。
───信じることが出来なかった。カイルが…彼が死んだなんて。
『…確かめよう。』
私はレイスを背負うと、地図の場所へと向かった。そこは町外れ郊外にある、遺体安置所であった。少しレイスの事を心配したが来る途中で背中で寝てしまったらしい。
…意を決し、入り口へと入った。
そこにはカイルの友人と物々しい武装兵一同が揃い、深緑のシートが掛かった台を見ている。そして、その台から何かはみ出ていた…。
───ふさふさとした尻尾だった
彼の尻尾と色も、毛並みも、何もかもが一緒だった。
『ぅ…そ…?うそ…だよね…?』
その問いかけには誰も答えてはくれない。
『ねぇ…嘘だって言って…お願いだから…!』
段々と息が荒くなる。体の震えが止まらない。
(まさか本当に──。)
私は思いきってシートをめくる。そこには……あの日消えた彼の『亡骸』が…そこにはあった。
胸には大きな刺し傷があった。
『いやよ……いやぁ……なんで…帰ってくるんじゃなかったの…?ねぇ…また…レイスや私と居るときみたいに笑ってよ…ねぇってば……カイルぅうぅ……うぅ…』
『うあああぁぁぁあぁぁあぁ……』
私はレイスを抱き締め大いに泣いた。その姿に、その場に居た者は全員俯くのであった。
その後にカイルは埋葬された。しかし、そこにはルナティとレイスの姿はなかった。
二人になった母と子はどうなったのだろうか。