第十一話
「調子にのってんじゃねぇよ…凡人風情がッ!!!」
男が俺の顔へとナイフを振るう。
「!!」
だが、鋭く突き出されたソレは、野蛮な輩が振るう刃ではなく、明らかに戦闘経験者が振るう無駄のない刃であった。
黙ったままそれを避けるが、掠ったのか少し頬から血が滲んでいる。それを軽く指で拭った。
(チッ…この程度の攻撃を頬に掠らせるとは…少し動きが鈍ったか。)
「ほぉ。あれを避けるたぁ…テメェ…。中々やるな。」
「ちょっと一身上の都合でね。色々武術とかかじってるんだ。」
「ぐふ…ふ…ヒャヒャヒャヒャッ!」
そう答えると、男がゲラゲラと笑い始める。
「だったら…これも避けれるよなぁ!?」
男はまたナイフを構える。しかし、先程とは違い、その刃は紫色の光を放っている。今まで落ち着きを払っていた俺の思考に焦りが見えた。
(コイツ…!ここで雷魔法使う気か!!)
雷魔法は5属性魔法中、威力が強い魔法が最もある属性だ。しかも今は室内、電気を通すものはいくらでもある。そんなとこで使われたら……全員感電死してしまうかもしれない。
「アッハッハッハァ!さぁ!避けてみろよ!?」
「クソが……ッ!!」
男の高笑いが店内に響く。打開策に思考を巡らせる中、ふと…頭にあることが過る。相手が魔法を使う気なら……俺はどうすればいい…?
──魔法を打ち消せばいい。
俺にはそれが出来る『能力』があるんだ。
(久しく使っていなかったが、大丈夫だろう。)
俺はすぐに落ち着きを取り戻した。男は、先程まで苦悩に顔を歪めていた相手が突然、落ち着いたことに戸惑った。
「おい!ここにいる奴らが全員死んでもいいのか!?」
今更そんな脅しをしたところで、俺は慌てるどころか、表情一つ変えない。
どんどん男へ近づいてゆく。
「………ッ!?」
俺は男の目の前まで来ると静止した。
(何を考えているのか知らんが…ここまで来れば避けることすら出来まい!)
「死ねぇっ!!ライジン──」
直後、レイスがナイフへと手をかざす。
「強制中断ッ!」
変化は劇的であった。パシュンッという音と共に、煌々と輝いていた魔法が、瞬時に光を失ったのである。
「なっ…!?」
男が驚いている隙に、レイスは鳩尾に肘鉄を喰らわせる。メリメリ…とレイスの手に感触が響いた。
「がぁっ!?」
瞬間、男は気づく。
(コイツ…まさか…)
「テメェ…キャンセラーか…!!」
世界には魔法が扱える者は五万といる。が、それと反対に魔法を扱えない者もいるのは確かだ。しかし、魔法を扱えない者にも…特殊な能力に目覚めることがある。
そう、それが魔法中断だ。そして、魔法を打ち消すことが出来る者を、総称して【キャンセラー】という。これは生まれつきの天性の才能を持つ者しか使えない。
俺はこれが使えた。だがキャンセラーは『魔法を打ち消す』ことが出来るが…逆に『全ての魔法が使えない』。言わば、使い所を間違えてしまえば、ダメージを負いかねない諸刃の剣である。
「ちぃっ!この…ッ!」
男はまたナイフに魔法を込めようとする。しかし…今度は、圧倒的にレイスの方が早かった。
「ふッ…!!」
俺は低く構えると同時に、ナイフを持つ腕を蹴りあげた。
「……ッ!!」
男の腕に痛みと衝撃が走る。
「しまっ…!?」
手から離れたナイフがクルクルと弧を描き、宙を舞う…俺はそれを素早く掴み、唖然とする男の首元へと突きつけた。
「ひ…ッ……!!」
男はさっきの威勢を無くし、ただ怯えるだけとなってしまった。客の一人が拍手をし始め、それにつられ、周りからも拍手が起こる。
俺はナイフを下ろすと、男の耳元で囁いた。
「俺の名はレイス・ガルフォード…。通り名は『黒の狩人』だ。お前も知ってるだろ…?』
「ひィッ…!な、何でこんな街にっ!!く、クソォッ!」
すると男の顔がみるみる内に青ざめ、慌てて店内から逃げ出していき、その後を子分が慌てて追いかけて行った。
「あ…ありがとうございます!何とお礼を言ったら良いか…!!」
先程まで踞っていた店主が起き上がり、ペコリと頭を下げた。
「いえいえ。無事で何よりです。 」
俺はその一言だけ言うと、料理を食うのに夢中になっているルレアのところへと向かい、首根っこを掴んだ。
「んむ?ほはへひ〜。ほへ、ほいひいほ?(おかえり〜?これ、美味しいよ?)」
口いっぱいに食べ物を詰めながらもごもごと喋る。
「何言ってるかよくわかんねぇし汚ねぇ!……面倒なことになる前にここから出るぞ。宿で準備しないと…」
俺が早口で伝えると、ルレアは食べ物を飲み込みながら、怪訝な顔をした。
「でも…まだ残ってるし…」
(俺の分まで食ってるくせにまだ食う気か……。)
「いーから…ほら、行くぞ。」
「ま、待って…まだ食べるぅ…あ!ぁあ…!ご飯〜…!」
半泣きのルレアを引きずりながら会計を済ませようとする…が、客の一人が声を上げた。
「やっぱり、黒の狩人だよね…?あの人。」
「黒の狩人…?」
それは徐々に店内に広がり、やがてどよめきを生んだ。
「確かに…黒毛で狼と犬獣人のハーフ…体術使い…後、さっきのゴロツキはキャンセラーって言ってたし…聞いた特徴と似てる…ってか同じじゃ…」
「俺も聞いたことあるぞ…!東の国の紛争地域で魔法部隊を一人で壊滅に追い込んだとか…」
「東の国の魔法部隊って…!?むちゃくちゃ強いって話じゃない!それを一人で!?」
わいわい…がやがや…
レイスから大量の冷や汗が流れ出る。
──やべぇ。バレた。
「おっちゃん…金…置いてくよ!!」
「え?は、はい…?」
俺は代金をカウンターに置くと、ルレアを脇に抱え、店を飛び出した。
「ゔっ…れ、レイスっ…食べたばっかりなのにっ…その持ち方はっ…ぐぇっ…」
「うっさいっ!少し我慢しろっ!!」
先程、声を上げた客たちが叫んでいる。
「あ!逃げた!」
「やっぱり本物だわ!サインー!!」
「握手させてー!」
(なんで戦った後にサインとか握手求められるんだよ!?)
確かに、俺は今の仕事──傭兵業をしているが、ある時、東の国の魔法部隊壊滅を諸国のお偉いさんから依頼され、依頼通り『一人も殺さず』に壊滅させたのである。その時の戦いっぷりからついた通り名が、『黒の狩人』である。
まぁ…しかし、それは相手が魔法使いで、キャンセルをフル活用した結果であって、それが精鋭騎士部隊などだったら…恐らく、俺はここにはいない。
正直…相手が魔法部隊で本当に良かった…そう染み染みと感じながら宿へと向かった。




