実によくある双子の話。
The twins do resemble each other.
- その双子は実によく似ている。
いつでも、いつでも私の方が劣っていた。
勉強もスポーツも、ピアノも料理も、人との接し方も。
明るく積極的で、フレンドリーな姉の莉乃とは反対に、私はおとなしく人見知りで、友人もそんなに多いわけではない。
だから、私は莉乃には憧れる。
中身は正反対、でも口を閉じていれば、私たちは一緒だ。
莉乃と私は双子である。一卵性双生児で、私たちを区別できるのはほんの一握りの人しかいない。
「38度2分か…結構上がっちゃったなあ」
ベッドに横になっている私の傍で、莉乃が体温計を見ながら言った。
「どうしよう…再テスト…」
前回の定期考査で私はついに赤点を取ってしまった。そして、その赤点組の再テストが、休日である今日の午前中に入っていた。のに、熱を出してしまった。
莉乃は当然、赤点なんて取っていない。むしろクラスでも上位だった。
どうしてなんだろう。
一緒に生まれて、一緒に生きてきたのに、いつ、どうしてこんなに差がついたんだろう。
思い返しても、全然分からなかった。
「んーまあ、再テストは私が行くよ!」
「え?」
よく考えたら、莉乃は私のところに来たときから制服を着ていた。まさか。
「もちろん、真希として」
やっぱり…!
「だ、だめだよそんなの…他の人に申し訳ないし、ばれたら大変だし…!」
「大丈夫、絶対ばれないし、真希、ずっと頑張って勉強してたのに、今日いけなかったら本テストの結果だけが成績に反映されちゃうんだよ。そんなの、おかしい」
でも、と言おうとしたけど、莉乃は立ち上がって、
「じゃあ、行ってくるから。ちゃんと寝てるんだよ」
と言って、ドアを開けて行ってしまった。
あぁ…また、助けられてしまった。莉乃には、助けられてばっかりだ。私は、何もしてあげられない。
ありがとう、って、言えなかった。
…それどころか、今日は潤に会えるはずだったのに、なんて思っている。その機会を、莉乃にとられた気さえしているんだ。
私って最悪だ。莉乃のことだって、気付いているのに。
自分のこの、利己主義なところが、大嫌いだ。人のことばっかり考えて動ける莉乃とは、違う。莉乃は、すごい。
莉乃。莉乃が大好きだよ。
私は、莉乃になりたかった。
外側だけなら、同じなのにね。
*
潤は、私と真希の幼馴染だ。家が近くて、小さい頃からよく遊んでいた。
そして、私と真希を区別できるほんの一握りのうちの1人である。
玄関を出て、外から真希の部屋の窓を見た。平気だろうか。帰りに何か、買って帰ろう。
…私は少し前から、ずっと真希の観察をしてきた。仕草、考え方、癖、私と似通った部分は多くあるのだけれど、それ以外の、自分と違う部分を探した。
そして数日前、真希のふりをして、両親に気づかれないようにすることに成功した。今日は、その成果をもって、賭けをする。
幸いなことに、今日の再テストには真希と特別仲のいい子は引っかかっていない。賭けをするのは、今日しかない。彼以外は絶対に気付かない状況になるのは、今日だけだ。
潤。
ちゃんと見抜いてよね。
教室に入って、数人と挨拶を交わす。今日、私は斉藤真希だ。
出席番号順で、真希の席―苗字が坂野である潤の前の席に向かう。
潤はもういた。友人と談笑している。
「おはよう」
私は、潤に声をかけた。真希が潤に挨拶をするときは、普段より瞬きが少し多くなって、1度必ず口角を上げて笑顔を作ってから、おはようの『お』が少し聞こえ辛いぐらいに、弱めでふわっとした声を出す。
「ん、おはよう」
返事があってから、真希は作り笑顔じゃなく本当に、嬉しそうに笑う。
学校にいるときも、潤と関わるときも観察できるようにクラス分けがされていたことは、感謝する限りだ。正直初めの頃、3人とも一緒なのには驚いた。
というか普通双子は分けるだろうとは思うけれど、担任は私と真希を見分けられるから、恐ろしい。
「風邪は平気?」
よし、現段階では気付かれていないみたいだ。
「うん、私は大丈夫なんだけど…莉乃にうつしちゃったみたいで、熱出ちゃって…」
予定通り。潤が真希の風邪について尋ねることも、分かっていた。
「莉乃が?珍しいね、大丈夫かな」
「わかんない…」
「帰り、何か買ってってやろうか。俺もお見舞い行くよ」
「…うん!」
私が頷いたとき、再テストの監修の先生がやってきた。
気付かれなかった…気付かれなかった…!
…気付かれなかった。
再テストは、真希の迷惑にならないようには出来たと思う。名前を『斉藤莉乃』と書きかけて焦ったけれど。
テストが終わって、生徒たちががやがやと帰りだす。
…潤には気付いて欲しかったけれど、気付いて欲しくなかった。
私は、真希に近づけたように感じて、少し口元が緩んだ。
「真希、行かないの?つーか、何笑ってんの」
潤が後ろから声をかけてきた。
「なっ何でもないよ!わ、笑ってないし…」
「いや、笑ってるし。何、テスト出来たの?」
照れたように、曖昧に返事を誤魔化しながら、潤と2人で教室を出る。
ああ、莉乃だったらよかったのに。
そう思うけれど、残念ながら今私は、真希でいなければならなかった。
潤と、近くのコンビニに入った。
真希に、何を買っていこう…。
「莉乃に何買ってこうか…何食べたいかな」
同じ(というか逆の)ことを潤が口に出して、驚いてしまった。危ない、気を抜かないようにしないと。
「うーん…あっ、ゼリーとか、どうかな」
私は、店内で目に入ったゼリーを指さしながら言った。
私と真希の食べ物の好みはほとんど一緒だけど、たまーに1番好きな味、とかが違ったりすることがある。でもそれはすごく稀で、今思い出そうとしてもこのゼリーしか思い出せない。
私がゼリーで1番好きな味はオレンジだけど、真希の1番はグレープだ。
「うん、じゃあゼリーと、ジュースとか何か飲めるかな」
「多分、大丈夫…」
「んー、真希ならゼリーはグレープだな」
…え?
「気付いてないと思ってた?莉乃」
体も顔も、固まった。潤は私を見て笑っていた。
「なーんだ。…もう、むかつくー…」
会計を済ませて、私は真希の待つ家への道を、潤と歩き出した。
気付かれていた。
「いや、でも最初わかんなかったからな。一生の不覚」
むかつく。
「気付いてたなら言ってよ、もう…」
「いや、だって学校で言ったらまずいでしょ。再テスト、ずるだし」
本気で騙せたと思ったのに。
…でも、安心している私も、確かにいた。
見分けてもらえるのは、やっぱり嬉しい。それは、真希と一緒にされるのが嫌とか、決してそういうことじゃなくて、なんていうか、『莉乃』への執着というか、アイデンティティの保持というか。
「で、何で真希の真似なんか始めたの」
もう、潤がそれを訊くのか。
「うーん、後々便利だと思ったから?」
「うわあ」
「あと」
少し先には、もう私の家が見える。
「…潤のこと、馬鹿にしたかったから」
「…」
「結局、私でも真希でも大して変わらないじゃん、愛が薄いねって、言いたかった」
「…うん、そうかなって、ちょっとだけ思ってた」
…1ヶ月前、私が潤に告白して振られたことは、真希には言っていない。
私の潤への気持ちを真希に言ったことはないし、真希からも聞いたことがない。
でも何となく、わかっていた。多分真希もわかっていたと思う。
何も言わなくてもお互いに理解し合えるのは双子の特権だし、すごく幸せだ。
でも、今回は少し気まずかった。失恋したことが真希にばれないように、私は必死だった。
「…ごめん、俺ひどいな」
「そうだよ。わかってて訊くなよ、馬鹿」
「うん、ごめん」
本当に申し訳なさそうにされると、余計に苦しい。泣いてしまいそうだけど、もう泣きたくない。
「っていうか、これは警告なんだからね!」
私は潤を睨むように見た。
『…ごめん、好きな子がいるんだ』
私が告白した後に、潤が言った。本当は何となく、気付いてはいた。
『それってさ…もしかして』
あのとき、その先は自分では言葉に出来なかった。
「潤は押しが弱すぎなの!真希、潤は私のこと好きだって思ってるから、多分」
「えっ」
「こっちの身にもなってよね、ほんと」
『…うん。俺が好きなのは、真希だよ』
わかるよ、潤。
私も、真希が可愛くて、大好きで仕方ないから、わかるよ。
計画的で、考えてしか動けない私と違って、真希は感情的で、人の痛みに敏感で、たまらなく優しい。
「真希は私を勘違いしてるから。私、そんないい人じゃないし、すごくもないのに。人のこと疑わないよね、真希は。だからそのうち、莉乃が相手なら手を引く、とか言い出しかねないよ」
…いや、手は引かないかな。我が強いところは、意外と私と一緒だから。
「だから、もっと押しなさい。わかった?」
「…はい、胆に銘じておきます」
「よろしい」
そうこうしているうちに、家の前まで来ていた。
…賭けていた。潤に気付かれたら、ちゃんと綺麗に、潤のことを諦めようと。
早く、さっさと幸せになって欲しい。2人とも大好きだから。
「さ、お見舞い行きますか」
「ん。ありがと、莉乃」
私は小さく笑って、ほんと世話がかかる、なんて呟いた。
真希。
私は、真希になりたかった。
外側だけなら、同じなのにね。
「真希ー!ゼリー買ってきたよ!」
読んでくださりありがとうございました!