声
ぼすっ
「ぐはっ!!」
腹に重い衝撃。
目覚めと同時に与えられた苦しみに、思い切り咳き込んだ。
体をひねって苦しむ私の横で軽やかにポンポンと跳ねまわっている物体に殺意を抱く。
昨日の来てくれるかななんて言う乙女心は咳と一緒に体外に消え去った。
「なにすんじゃ、ごぅるぁ」
巻き舌できないけど、怒りを表現したかった。
ご機嫌に跳ねまわるクロさんを軽くはたいて転がしてやった。
気づけば辺りはすっかり昼間だった。
昨日の夜の始まりは本当に幻想的で、きっと夜の終わりも負けないくらい綺麗なんだろうって、楽しみにしてたのに、うっかり寝過ごしてしまったようだ。
「異世界生活2日目でーす」
独り言にもだいぶ慣れました。
この状態で元の世界に帰ったら、あまりの独り言の多さに引かれるんじゃないだろうか…
カルテ書きながら独り言?あ、いつものことだった。
いや、ついね、確認しながら…
周りにはスルーされます。
だっていつものことだから。
「時間のながれも同じなのかな。携帯も電源切れちゃったし、時間も定かじゃないし」
もう!
ちょっとイライラするのも仕方ないと思います。
だって、全然解決の方向が見えないんだもの。
ちょっとそこのクロさん。
そんなに怖がらないでこっちにおいで♪
カムカム
私にはたかれてから様子をうかがっていたらしいクロさんは素直によってきました。
なんて純粋。
「はい。つっかまえた」
がっしりと両手で捕まえて、ぎゅーっとしてみる。
やっぱりクロさんは温かくて、なんだか安心した。
「ねー。クロさん。…ココには私一人しか居ないんだよね」
クロさんが少し身じろいだ。
逃げる様子はなくて、腕の力を弱める。
ぽとん
腕から落っこちたクロさんが私を見上げる。
目の前がにじんでいた。
鼻の奥が痛かった。
…鼻水出てきた…
28にもなると人前ではなかなか泣けないもんなんです。
仕事で失敗したときも、振られた時も、悔しい時も、ぐっと我慢してた。
でも、ここには誰もいないし。
気を張ってる必要はない。
いつも強いとか、しっかりしてるとか、それが周りの私への評価。
本体は全然そんなことないのに。
ただ、人前で泣けない意地っ張り。
一人で寂しいって思ったはずなのに、一人に安心して泣けてしまった。
とめどなくあふれてくる涙を止められなかった。
「……お話がしたいよ、クロさん」
なっさけない途切れそうな声に、かすかに笑った。
うん、ぼくもおはなししたい。
だからもっとはなして。
自分のしゃくりあげる声に混じって声が聞こえた気がした。
やっと落ち着いたと思ったら、クロさんはただひたすらくるくるコロコロ転がっていた。
焦って慰めてくれているようにも感じて、嬉しくなった。
訳の分からない世界で唯一傍にいてくれる。
クロさんの存在がすごく大きくて、温かかった。
「さ、ベッドと、家でも作るかー」
涙を流したからか、胸にたまっていた重りが少し軽くなったように感じた。
ポンポンと、後ろをついてくるクロさんを確認して必要そうな材料を考え始めた。
颯爽と歩く後姿。
不意に見せた雫。
ぼくのこえはまだとどかない