vol.70【代表取締役 小澤喜代彦 第1話】
一週間ぶりの更新です。
「結局、宇崎さんはなんのために
『猩々』にあたしを連れて行ったんですか?」
「“ドッキリ”のはずだったんだけど、
店員の若い二人も麻巳子さんもあゆみさんもカンナさんも
翔も小澤社長も『なりたいものになって、やりたい放題やってる』
って『店長』に説教されに行っただけかもしれないな……
榊さんのその後の話は出てこなかったけど、
今頃は病気も治って、元気になにかやってるんじゃない?」
「宇崎さん、マンションに着いたら、
榊さんのことについて知っている範囲で教えてください」
「わかったよ」
タクシーが三宿の宇崎のマンションに着いた。
「宇崎さん」
「なに?」
「三宿に住んでるならなんでモヤイまで戻ったの?
あそこからドーゲン登りきったあたりで
タクシー拾うほうが早いし安いのに!」
「ドーゲン上りきったところに、翔が所属してるレコード会社
あるから、はちあわせしちゃマズイと思ってね」
宇崎が借りている三宿のマンションは、
あたしが借りている日吉のアパートより狭かった。
あたしのアパートは1DKだが、ここはどう見ても1K。
風呂もトイレもあるが狭いユニットバス。
家具は黒のテーブルとその上に置いてあるパソコンと
周辺機器と本棚とシングルベッドと電子レンジだけ。
一応エアコン、冷蔵庫、コンロ完備だが、
冷蔵庫は小さく、コンロもたった一つ。
「宇崎さん、ツッこんでいいですか?」
「どうぞ」
「ここ、家賃いくらですか?」
「十四万とちょっと」
「ウチのアパートが三部屋借りられますよ!」
「狭くても家賃高くても、絶対に畳部屋には住みたくなかったの!」
「なんで?」
「ジメジメしちゃうから!」
床はピカピカのフローリングだ。
「フローリングの方が掃除楽だろう? 掃除機置く必要ないし」
「確かに、ウチのアパートにも掃除機ありますが、邪魔です」
「そこらへんの店で買った使い捨てのモップで掃除すれば
キレイになっちゃうし、そのテーブルも、ベッドも、本棚も、
通販で買ったやつを自分で組み立てた。
言っとくけど、この部屋収納スペースすごいんだよ、ホラ!」
「あの、宇崎さんと喋ってるとどんどん話が
脱線していきます。早く榊さんのことを……」
「俺が知ってるのは、榊えみりが中目黒のオフィスビルで、
有能な元社員だけを呼び戻して、
新しいアパレル会社の社長やってることだけ」
「病気は?」
「会社辞めた後、二週間ほど海外旅行したらケロッと治ったらしいよ。
それよりここの部屋の収納はすごいんだ! 見てみろミューナ!」
部屋には小さなクローゼットがあるきりだったが、
通販で買った「テーブルセット」はテーブルの他に回転椅子、
小さな机兼二重の引き出しがついていた。
本棚は細長く、天井ギリギリの高さでスライド式。
シングルベッドの下にまでスライド式の収納スペースがある。
家具も収納箱も、全部黒。安物だが乾燥機付き洗濯機も
しっかり部屋の中に置いてある。
「つまり、収納スペースを自分でつくったと」
「そういうことだ。部屋に収納スペースがなかったら
自分で工夫してつくればいい」
「生活の知恵ですね」
「まあね。さあ、榊えみりの話をしようか」
「もういいです」
「いや、あの人には本当に悪いことをした。ミューナにも」
「え?」
「俺が『DIY』にプレゼンに行ったとき、
その後すぐ社内会議をしただろう?」
「ああ、はい」
「社内会議の参加者は、小澤社長と俺の二人だけだった」
そういえば、榊えみりは社内会議の結果を総務部のデスクの内線電話で聞いていた。




