vol.53【満たされない女達 第5話】
「じゃあ、あたしはまだ仕事残ってるから、
中目黒戻るね。バイバ~イ」
えみり部長は、そう言い残しマルキューを去ろうとした。
部長は、あたしにではなく、カンナを励ますために
「伝説」を喋ったようにしか思えなかった。
えみり部長はずっとあたしを無視していた。
本当に腐っているのはカンナじゃなくてあたし。
広告塔であるあたしが自ら会社の売り上げを下げたんだから。
とにかく謝りたかった。あたしは立ち上がって後を追った。
えみり部長は、社員用のエレベーターの前に立っていた。
話しかけようとしたその時、なにやらおかしな仕草をした。
後ろ姿なのではっきりとはわからないが、
黒いバッグの中から、手のひらサイズの小さなビニール袋が
縦にミシン目でつながっている長い物体を取り出し、一番上を切った。
中に入っているのはなにかの薬だった。
白、青、オレンジ……。
その薬を、えみり部長は水を使わずに一気に飲みこんでいるようだった。
「部長!?」
「ゲフッウ、ゲボ、ゲホッ!」
話しかけると、えみり部長は激しくムセながら、
露骨に驚いてこっちを振り向いた。
「なに? 驚かさないでよ」
「や、驚かすつもりは……部長、それなんのクス」
「なーに言ってるのよ、胃薬! ったく、
シャレにならないことが立て続けに起きたから、
神経性胃炎になっちゃったわよ!」
「神経性胃炎って……大丈夫ですか?」
「神経性胃炎とは、昔からの友達。うまく付き合ってるわよ、ハッハ」
「ははははは~」
いつもと変わらない豪快な笑い声に、
つられて笑ってしまった。えみり部長は、
エレベーターに乗って去っていこうとした。
ポトン。
「あ」
部長は、薬を一回分、エレベーターの前に落としたのに
気づかずに行ってしまった。
ワザと落としたようには見えない。あの人はそんなことはしない。
気になってその小さな袋を拾った。
そこに印刷されていた文字に、再びあたしは固まった。
【榊えみり様 抗うつ剤 夕食後一回分】




