第九章
大きな洋館だった。
鶏が羽ばたくように、一際高い中央から左右に建物が伸びている。
大学からの帰途にいた森川修司は突如目の前に現れた豪奢に西洋屋敷に、頭を傾ける。
──こんなところにこんな建物あったか?
近場の狭いアパートで一人暮らしをしている彼の脳内に、そんな疑問が浮かんだ。
森川がこの街にやってきたのは二年前だ。
大学進学を期に、首都圏で一人暮らしをしようとこの街に訪れた。
便利な場所だった。
駅は近く、商店街はあり、最寄り駅から数分で都心へと出られ、大学への交通の便も良い。
まさに彼が探していた理想通りの環境だ。
東北の山奥出身の彼は、最初上京した時、うれしくて周囲を散策した。
当然、この街も日課のジョギングがてら散策した。
だからどこに今時珍しい本格的な喫茶店があるか、おいしくて安い食事を提供する店があるか、図書館は……など全て調べ尽くしたと思っていた。
だが妙に濃い霧が出た今日、テニス・サークルの飲み会終わりの彼は、大きく豪華な西洋屋敷に行き会った。
「しかし……」彼は記憶を巡ろうとした。
この場所にこんな屋敷があったろうか? だとしてどうして今まで気づかなかったのだろう。
森川は屋敷の周囲の鉄槍のような柵を眺めながら、光源に集まる虫のように、ふらふらと屋敷に近づいた。
ふと気づくと、屋敷の門が半ば開き、一人の女性がランタンを片手に立っていた。
赤い毛を背中で一つに編み込んでいる、ヨーロッパ系の娘だ。
顔にはそばかすがあるがなかなかの美人で、メイド服がよく似合う……だが顔は青白く、生者の色ではなかった。
何故か……森川はその少女に近づいた。
「うん」といつの間にか茫としている森川に、赤毛の少女が頷く。
「若くて新鮮そうね。活きもいいし、これで準備は整ったわ」
森川修司はそのまま失踪し、二度と家族の元へ帰らなかった。