表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/21

第五章


「はあ」と士乃武は息をついて、肩のつっぱりを伸ばした。


 時間はお昼になっていた。


 4時限目の授業は終わり、給食当番の班がいそいそと出て行く。


 昼食と昼休みだ。


 食べることが好きな生徒達が明るい声で期待を口に出していたが、士乃武は学校の給食にそれほど希望を見出せず、話し相手もいないので下を向く。


 鮮烈に脳裏に閃くのはどうしてかベアトリーチェだ。


 彼の人生に突如現れた異質。


 結局、学校での笑い話にすらならないそれは、彼一人が対処する問題だった。



「どうかした? 元気ないけど」



 声にはっとした。


 美冬なのだ。桑原美冬が何を思ったのか、話しかけて来た。


 顔を上げると、美しい輝くような笑みがある。


「今日は何かみんなヘンなのよ……河野くんも早退したし」


 彼女は士乃武の机の横で、ぐるりと教室を見回した。二年一組には今日欠席者はいない。


「敷島くんは大丈夫?」


『敷島くん』……かつては『しーちゃん』と呼んでいたが、今は『敷島くん』だ。


 士乃武は幼馴染みとの開いた距離を、再確認する。


「ん? どうかした?」黙っていると美冬は細い首を捻る。


「い、いや、大丈夫だよ。うん、僕は健康だし」


 全くとんちんかんな解答だ、と反射的に答えてから気づき、消沈する。


 くすくすと、美冬は明るく笑ってくれた。


「何それ、そりゃあ敷島くんは大丈夫だろうけど」


 士乃武は少し心に活力が戻るのを感じた。美冬と久しぶりに話せた。


 なのに邪魔者はすぐに現れる。


「おやー、敷島と美冬ちゃん。何事か密談ですかな? 愛の囁きとか」


 望だ。彼女は満面の笑みになっている。恐らく士乃武の気持ちに気づいているのだろう。


「そんなんじゃないよ、望」


 答えられない士乃武に代わって、美冬が軽く否定する。


「何だか今日、おかしくないみんな」


「はにゃ? お菓子は美味しいですな」


「てかボケない。ほら、何かみんなちょっと浮き足立っているような気がする」


 美冬に言われ、望はクラスメイトたちに視線を向ける。


 具体的に指摘され。士乃武も膝を打った。


 確かに皆、今日はどこかざわざわと騒がしかった。いつもそうだが、いつもより軽薄なのだ。


 雪山で遭難した者たちが、軽口で気を紛らわせているような、どこかにある恐怖から目をそらすかのように声を張り上げている。


 だが何故か分からない。一見するといつもどおりなのだ。


 真絢がうわさ話を友達に披露しているし、中村は所属するサッカー部や、友達と組んだバンドについて熱心に話している。


 まさに普段だ……ただ、教室はどこかに白々しい茶番の雰囲気があり、確かにそれは士乃武の恐怖に繋がっていた。


 わっ、と誰かがいきなり叫べば、きっとクラス中がびくりとするだろう。


「テストに怯えているとか……」


 望が口にしたのは大外れの見解だ。


 事実次の時間の化学では、小テストがあるらしいが、それだけで二年一組をここまでびびらせないだろう。


「……てか、望ちゃん、これから用事あんだよね」


 望はスマホで時間を確認する。


「だから美冬ちゃんさ、悪いけどあたしの給食も受け取ってくんないかな? 報酬はあたしが敷島から与えられるはずのプリン」


「え? 良いよ」


 美冬は頷くが、少し目を見開いている。


 こんな時間に用事なんて、普段はないのだ。


「それなんよー」と望は唇を尖らせる。


「何だか変なメッセきてさー。スルーもあれじゃん? だから一応顔出すんよ」


「それ、大丈夫?」


「あ、大丈夫大丈夫。美冬ちゃんは敷島の心配でもしてて」


「何よそれ」


「ちょっとしたジョークでしたー」


 手をひらひらさせながら望が教室から出て行く。メッセージの相手とやらに会いに行くのだろう。


 だが士乃武はそんなことは考えられない。


 望が最後に放っていった軽口のバクダンにより、美冬と気まずい雰囲気になったのだ。


 ──僕の心配って何だよ!  


 結局、美冬とはその後、弾ませる会話も見つからなくなり、気まずく離れた。


「あああ」と士乃武は机に突っ伏す。


 何も上手くいかない。しかもこの上給食の彩りの一つ、プリンも取られるのだ。


 まさに踏んだり蹴ったりだ。


 

 だがそれは些細な出来事だった。




 結局、給食の時間を含めた昼休みに、湊望は帰ってこなかったのだ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ