第十五章
いち早く事態を飲み込んだ中村が鋭く叫ぶ。
グールの本性を現した保が、人間の河野保のはずの者が、士乃武に飛びかかろうとしていた。
がん、と保にパイプ椅子が命中する。
中村が投げつけたのだ。
「やべーぞっ! マジでヤベー」
語彙のない表現だが、中村の言いたいことが分かる。
こんな化け物、相手に出来るはずがない。
「おらっ」中村は生徒会室の長机を押して、保を教室の壁に追いやり挟む。
げげげげ、と構わず保は哄笑した。
「望は俺とは付き合えないって、俺が気に入ってやったのに……だからここで喰ったのさ、だがお前らが探しに来たから、慌てて外に投げたんだ……望の肉は美味しかったなあ」
士乃武は戦慄する。あの時、あと少しで生徒会室に入っていたのだ。
その先の地獄絵図も知らず。
「早くケーサツ!」
中村が怒鳴り、ようやく我に返った美冬がスマホを取り出す。
士乃武もスマホの電源を入れた。
だがばしり、と二人のそれらははじき飛ばされる。
真絢だった。
彼女の顔からはごっそりと感情が消えている。
「何だよ? 姉崎!」
次の瞬間、中村の喉に真絢が食らいついた。
「きゃー」と美冬の悲鳴が教室にこだまする。
「か、は」中村は首から鮮血をスプレーのように吹き出し、その場に沈んだ。
「馬鹿な奴らだよ」
その声は男のように太く、もう姉崎真絢のそれではなかった。
否。ここで不意に士乃武は気づく。
──姉崎真絢? 誰だそれ?
はたと立ち止まる。そんな生徒、二年一組にはいなかった。
二ヶ月前の紹介の時には、真絢はいなかった。
記憶層が悲鳴を上げるくらい、脳の中で電流が走り回る。
いつから姉崎真絢はいたんだ? いつからクラスメイトだと思いこんでいた?
「げはげはげは、あたしが本物のグール。グーラーなんだよ! 一ヶ月前にこの学校に来た……お前らは簡単にあたしの術にかかり、クラスメイトとして受け入れたのさ」
真絢はもう人の姿ではない。
死体の色の肌の、瞳がない髪まで真っ白な怪物だ。
「保もあたしがグールにした。素養のある者はあたしに喰われるとグールに変わる……お前らもそうだと良いね」
確かに、生徒会室に入ろうとした士乃武を、遮ったのは真絢だった。
だがこんなに至近に、人外の者がいるとは予想できなかった。
焦りつつも目をやると、中村は両目と口を大きく開けて止まっている。
喉には赤い大きな穴が空き、血が絶え間なく流れていた……死んでいるのだ。
ふらり、と士乃武は倒れかけた。
そうすれば楽になったのかも知れない。
だが彼は踏みとどまる。
美冬を助けなければならない。
「みーちゃん!」
茫然自失の美冬の手を取り、士乃武は教室の外に逃げ出した。