第十四章
彼は生徒会室の入り口で、黄ばんだ目をわざとらしく見張っている。
「ああ、河野……実はな……」
「待った」士乃武は中村を素早く制する。
「何だよ?」中村は不満そうだが、士乃武はその前に保に確認したいことがあった。
思い出した違和感、その正体だ。
「なあ河野、聞きたいんだけど、お前四日前、早退したよな?」
「あ? ああ気分が悪くなったんだ。覚えているだろ?」
士乃武は一度目をつぶった。
なら、それは、おかしいのだ。
「じゃあ」と彼は言葉を選びながら、保に問う。
「どうして、昼休みにお前の外靴が下足箱にあったんだ? 上履きで帰ったのか?」
士乃武が思い出した違和感はそれだった。
望が死んだ日、彼は美冬と一度下足箱を調べた。
二年一組生徒全ての靴があった。
だがそれは考えるとおかしいのだ。
何故なら、一時限目の前に保が帰ったはずなのだから。
「お前……学校にいたんだろ? あの時、帰らず校舎に隠れていた」
「…………」皆が沈黙する。
保は微笑みの表情を作って、一歩進み教室に入り、後ろ手でぴしゃりと扉を閉めた。
「え? なにそれ? どゆことさ」
真絢が問うが、もうその必要はなかった。
「そっか、気づいちまったのか……しゃーねーな」
保はあの時学校にいた。望の死の時、彼はノーマークだった。
「お前、がやったのか……?」
士乃武の喉がかれる。それは重量のある問いだった。
しかし、保は爽やかに笑う。
「ああ、俺はずっと湊さんが好きだったんだ。だから告白して、喰った。ここでな!」
誰かが息を呑む。
保の姿がその間に変わっていく。肌が青い静脈が透けるほどすうっと白くなり、目から瞳が失われ、並んでいた歯がのこぎりの刃のようにぎさぎさに変わった。
「お前、何なんだよ……?」辛うじて訊けたのは中村だった。
「俺はグールなんだよ。人を喰うんだ」
士乃武の脳内で何かがスパークした。
最近、この近辺で起こる人肉食事件……喰われた望……。
「お前、化け物なのか?」
士乃武の問いに、保だったモノはげたげたと笑った。
その場にいた者が喘いだ。
現実が認められない。こんな怪物が存在するなど理解できない。
今まで彼らの世界には、『グール』などいなかったはずだ。
テレビでもネットでも、グールなど登場しなかった。辛うじてホラーものの創作物に、登場するだけだ。
だが彼らの前の怪物が、自分をグールと呼んでいる。
士乃武は自分の脳と心臓が同時に冷えていくのを感じた。
──夢?
彼の精神が何もかもを否定した。この事態が就寝時の悪夢だとすると、全てのつじつまが合う気がした。
保、河野保との付き合いは小学校高学年からだ。その時グールなどいなかった。
だが、彼には自失の時間は与えられなかった。
「敷島!」