第十二章
次の日は大変だった。
ベアトリーチェの件はどこまでも彼の世界と乖離していて、それをわざわざ修正するのに往生するのだ。
ベアトリーチェの婚約者から、普通の中学生の心持ちに変わるのは難しい。
つまりそれ程彼は彼女と近しくなったと言うことだが、とにかくいくつかの失敗をしながら学校を乗り切った。
そして放課後、サッカー部を休んだ中村と、やはり吹奏楽部を休んだ真絢、さらに美冬と士乃武が、夕日のオレンジ色に染まった教室に残った。
皆、顔を見合わせ無言で頷く。
これから望の死についての調査を始めるのだ。
「やっぱり最初は望が死んでいた場所じゃね?」
中村が提案し、他の皆は色々考えたが、それしかないと気づく。
一通りの調査は警察が行っているのだ、周辺に証拠が残っている可能性はない。
まず、どうして望が校門から出てぐるっとフェンスに沿いながら現場に近づいたのか、その心理を合理的に説明がつくようにするべきだ。
四人は部活の喧噪の中、一度望の遺体があった場所の反対にある校門から出て、フェンスをなぞるように歩く。
結構な距離だった。
どうしてこんなにも移動するのに、彼女は上靴だったのか。
現場はもう片付けられてい、立ち入り禁止の黄色いテープさえなかった。
だが誰かが若い少女の死を悼み、お花やらが供えられている。
「うーん。何もないね」
真絢が呟き、他の三人は黙る。
そう、もう『何』もないのだ。
「てかさ、俺ら調べるの何もなくない? ケーサツみんなやっただろうし」
「で、結論はたまたま外に出て車にひき逃げされた? 車は追っているらしいけどおかしいよ」
中村に美冬が反論する。
士乃武は子細に周囲を観察した。
学校の敷地と外を分ける、緑色の小さな編み目がいくつもついてある鉄のフェンス。
登ったりは不可能そうな高さだ。
場所はそもそも校舎の背部分で、建物により遮られているので日は陰り、暗くどこか肌寒い。
道路は一方通行で、車一台が通過するのは楽だが、二台は幅的に無理だろう。
防犯カメラはなく、車の通りも少ない。
ある意味この場所は死角だ。
「何が問題なん?」
困惑したように真絢が今更尋ねるから、士乃武が指を立てていく。
「まず、湊さんはあの時呼び出されていた。それが誰かだ。誰か判明すれば何が起こったかも分かる。次にどうして外に出たのに上履きだったのか、来てみて分かったけど、ここって結構ぐるっと回って遠いんだよ。なのに湊さんの靴は下足箱にあった。そして、どうしてここに来たのか。こんな場所に何の用もないはずだろ?」
改めて確信するのは、彼女の遺体があったこの道路には本当に『何もない』、足を運ぶ道理が分からない。
当然、湊の家とも方向が違うので、彼女には関係のない道なはずだ。
「俺ら考えすぎじゃね?」と中村が肩をすくめる。
「ケーサツもそんなに注目してないんだろ? 例えば呼び出したのは誰かからコクられるとこで、その後湊は何となく外に出たくなり、靴の履き替えがメンドくてここまで来た、それで暴走した車が……」
滅茶苦茶な理論だ。
だが当日の彼女の心持ちは誰をも分からない。現実は意外に馬鹿みたいなものなのだ。
「そんなことないよ!」美冬は納得しなかった。
「望が上履を履き替えずに外には出ない。あの子は意外と几帳面だったんだよ」
それは士乃武も覚えている。
湊望は配られたプリント類をきっちりと畳んで透明のケースにしまう。消しゴムはいつも決まった片側しか使わず、シャーペンの芯はちゃんと数を把握し補充し、誰かに借りることはしない。
彼女は三人姉妹の長女で、それ故にしっかり者になった、と本人も頭をかいていた。
だがならばこの状況は……。
ふと士乃武は目線を上げた。
紫文第二中学校の校舎がある。冷ややかな顔で見下ろしているようだ。
「……僕らは勘違いをしているかもしれない」
士乃武は呟く。
「え? ナニソレ、何さ」
真絢が聞きつけるが、「学校に戻ろう」と士乃武は提案した。