はじまり
目が覚めたときの最初の記憶は、見慣れない天井絵画だった。それも、羽の生えたうさぎが、ラッパを吹いているというなんとも珍妙な天井絵画だ。
「ふぇ…ふぇぇ」
なんと。話せない。頭はしっかりしている。が、言葉を発することができないのである。
身体も小さい。そう。まるで赤ちゃんみたいに…。
状況が把握できないまま、なんとか声をだそうと格闘していると、物音を聞きつけたのか、メイドの格好の女性がやってきた(仮にメイドと呼ぼう)。
「お嬢様、お目覚めになったのですね。すぐに旦那様方を呼んでまいりますので、少々おまちください。」
そういって、メイドは私が目を開けていることだけを確認すると、すぐに部屋をでていってしまった。
(旦那様方ってなに!?不安すぎるんだけど!?)
私の不安を他所に、にわかに部屋が賑やかになる。
視線を感じてそちらに目を向けてみると…銀髪赤目の美少年がいた!!歳の頃は5歳くらいだろうか。
まじまじと見つめられ、まじまじと見返してしまう。
数秒の沈黙のあと、その子がニコッと笑った。
(え、なになに!かわいい!綺麗!えっ、えっ!)
『可愛いは正義だ!!』
心の中でそう叫んだ時、誰かの声と心の声が重なった気がして、不意に思い出した。
私は、別の世界で暮らしていたことがある、と。
でも、どのような世界で暮らしていたのか、どのように生きていたのか、全く思い出せない。ただ、別の世界で暮らしていたことがある、という事実のみが思い出せるだけだ。
混乱で固まっていると、美少年の両肩に、大きな手が載せられた。
「ジル、そんなに見つめ続けたら、アリッサが驚いてしまうよ。」
優しいバリトンボイスで紡がれた言葉の主を目線で辿ると、金髪碧眼の美丈夫が、美少年の後ろに立っていた。
「アリッサ、私の娘。君に自我が芽生えてから、会うのはこれが初めてだね。私は、君の父のヴァルだ。君の名前は、アリッサ・マグノリア。そして、こちらが、ジルベルト・マグノリア。君の兄妹だ。」
優しい声が紡ぐ言葉は、ひどく胸に響く心地がした。
(お父様…兄妹…)
理解した途端、自然と私は笑顔になっていた。
「ああ…!かわいい我が子が笑った!!なんて愛らしいんだ!!可愛い!可愛いは正義だ!」
お父様がそう叫び、私は、正しくこの人が自分の父であると感じ、さらに楽しくなって声をあげて笑った。
こうして、私の、アリッサ・マグノリアとしての生活が始まった。