美姫、交戦
昼過ぎ頃、わらわ達は『悲嘆の墓地』に到着した。
地上に降り立った騎士達は、日が暮れる前に急いで簡易防壁の作成など準備をし始める。
その間にわらわは周囲を見回した。
枯れ木と岩が点在する、見渡す限りの荒野。
乾いた地面の所々には、黒く細い十字架のようなものが突き刺さっている。
自然のものではない。
この地の悲劇を悼んだ者が立てた墓標なのであろうか。
「オリガ様…」
物思いに耽っていたわらわに、ヴィーゼルが声を掛けてきた。
「何じゃ?」
「今回の戦闘の配置なのですが、オリガ様には後衛に回って頂きたく…」
戦の場に来て多少マシになるかと思えば、ヴィーゼルはまだわらわに対して及び腰であった。
「ヴィーゼルよ、此度の指揮官は其方であろう。そのようにビクビクせず、堂々と指示せぬか」
「いえしかし!オリガ様に指示など畏れ多くっ」
そこに、杖を抱えたエルシュが口を挟む。
「団長殿。そんなんじゃ、他の騎士さん達に示しがつきませんよぉ」
「エルシュ殿、しかし」
「オリガ様が良いって言ってるんですから。ね?」
ヴィーゼルは遠巻きにこちらを伺う騎士達をチラリと見て、ようやく渋いような苦いような顔をしながら頷いた。
「…は、失礼致しました。それではオリガ様、エルシュ殿や魔法士達と共に御参戦下さい」
「うむ、心得た」
…その時であった。
「…?」
突然辺りが、灯りを吹き消したかのように薄暗くなった。
何事かと上を見れば、数秒前まで晴天だったはずの空が厚い雨雲に覆われている。
「これは…?」
「いかん、総員戦闘準備‼︎オリガ様、エルシュ殿、こちらへ!」
ヴィーゼルが叫んだ直後、水桶を返したかのような豪雨が降り注いだ。
視覚が狭められる程の勢い。
思わず雨粒から顔を庇ったわらわの腕を、エルシュが掴んで強く引き寄せた。
「オリガ様、魔法による天候操作です!」
「何じゃと?魔法による自然現象への干渉は不可能ではなかったのか⁉︎」
「はい、人間には不可能です!ですが、これは…っ」
エルシュの声は激しさを増した雨音と、それの内から谺す不気味な呻き声に掻き消された。
泥土と化した大地を下から突き破るようにして、人の形をした"何か"が這い上がってくる。
屍人、骸骨兵、死霊にその変異個体。
視認できるものだけで、20体以上。
それらが、雪崩のように大挙して襲いかかってくる。
「オリガ様、こちらです!」
エルシュに連れられ、わらわはヴィーゼル達の元へ向かった。
彼ら既に交戦を開始していたが、この奇襲のせいで陣形を大きく崩されている。
皆、目の前のアンデッドを相手取るので精一杯のようであった。
しかし、ここであれば周りに味方が居る。
孤立しているよりも、応戦しやすい。
「エルシュ、援護せよ!」
「かしこまりました!」
わらわは腰のホルダーから、二丁の得物を抜き放った。
魔法銃…使用者の魔力を圧縮し、高出力かつ高火力で撃ち出す魔法武器である。
「来るが良い、死人共!わらわを討ち取ってみせよ‼︎」
両手の中に慣れた衝撃が奔り、銃口から蒼い魔力の火花が散る。
まず正面にいた2体の屍人の頭部が、極小の魔力塊の直撃を受けて吹き飛んだ。
ドス黒く腐敗した血液が飛散し、力を失った身体が泥濘に沈む。
その時には、わらわは既に他のアンデッドに弾丸を叩き込んでいた。
視界が悪くとも、決して外さない。
近いものから順に、一瞬の間も与えず一撃で葬る。
爆ぜた火花や銃声に反応したのか、少し離れた場所のアンデッド達が一斉にわらわを補足した。
しかし其奴らは、こちらに向き直る前にエルシュの放った風刃に切り裂かれて倒れた。
「困りましたねぇ、こういうのは1発で焼き払っちゃいたいんですけど…この雨じゃ、火の魔法が上手く機能してくれません」
「そのようじゃな…!して、この雨は何なのじゃ⁈」
次々と掛かってくるアンデッドを薙ぎ払いつつ、わらわはエルシュに向かって叫ぶ。
「魔物が発生させたもので間違いないかと!たまにいるんです、特殊な魔法を使用する高位の魔物が!」
「最近、この辺りでは目撃されていないのではなかったのか⁈」
「そのはずです!なので不思議です!」
その時、わらわは先程聞いた"灰色のアンデッド"の話を思い出した。
エルシュは人を助けるアンデッドだと言っておったが、其奴が関わっている可能性も…
「ッ…!」
突然、辺り一帯の地面が大きく波打った。
予想外の衝撃に、危うく膝を付きそうになる。
周囲のアンデッド達は、浮いているものを除いて皆泥の中を転がった。
騎士団員の何名かも、体勢を崩している。
「今のは…」
「オリガ様、魔法が来ます!」
エルシュが警告した、次の瞬間。
泥濘が、下から爆ぜ飛んだ。
「なッ…⁉︎」
否、爆ぜたのではない。
人間の背丈の何倍もある岩の槍が、泥を突き破り天へと伸び上がったのである。
わらわとエルシュは、何とかそれを回避できた。
上位土属性魔法【大地ノ鋭爪】。
この魔法を発動できる味方は、この場にはエルシュしかいない。
彼女に匹敵する魔法使いが、敵にいるようである。
上を見ると、岩の槍に跳ね上げられた人影が幾つも見えた。
雨煙の中に、痩せ細った人型のシルエットが浮かび上がる。
ボロボロのローブを纏った、木炭のように黒いミイラ。
「…悪霊…!」
瞳の無い赤い目が、ジッとわらわを凝視した。
その奥にあるのは、明確な悪意と敵意。
歯の無い口が、ぽっかりと開いた。
低くしわがれた詠唱が、雨音と突き抜けて聞こえてきた。