美姫、悩む
「…というわけじゃ。納得いかぬ」
祝宴の翌日の昼、書物庫にて。
わらわは王宮魔道士のエルシュに、昨夜のことを溢していた。
「なるほど。確かにアレクシス様って、一見ものすごく冷徹で冷血な方に見えますよねぇ」
おっとりとした微笑と共に、エルシュはわらわに相槌を返す。
周囲にヒラヒラと数匹の魔法蝶を舞わせる姿は、まるで野原に咲いた可憐な小花のようである。
「そうであろう?いや、わらわも分かってはおる。兄上は冷酷に見えて、実は面倒見がよく仲間を大切になさる方じゃと」
「流石は妹君!兄上様のこと、よく知ってらっしゃいますねぇ」
何故か嬉しそうな表情で、エルシュは小さく拍手をした。
「簡単にまとめると、オリガ様は『自分も兄上様のように、皆と仲良くしたい!』と思われているんですね?」
「か、簡単に言えばそうじゃな」
「では、このエルシュにお任せ下さい。オリガ様の素敵なところも可愛らしいところも、私はぜーんぶ知ってますからねぇ…ふふっ♪」
「エルシュ?なんじゃ、その気合いの入った笑顔は…」
「当然、気合いも入りますよぉ。私、オリガ様ファンクラブの会長ですもの。同胞ゲットのチャンスです!」
そういえばこやつ、少し前にそんなものを立ち上げておったか。
因みに、会員はエルシュただ1人である。
「あ。実はもう私以外にも、ちゃーんと会員がいるんですよ?」
「いつの間に…。熱心じゃな、そなた」
「ご紹介します。会員番号2番ちゃん、3番ちゃん、4番ちゃーん!出てらっしゃーい」
エルシュの号令に応えるように、本棚の影から小さな生き物達が飛び出してきた。
「はい、この子達です。誰だか分かりますか?」
「…」
少々わらわは言葉に詰まり、やっと一言絞り出す。
「悪戯妖精、か?もしや、わらわの寝室によく忍び込んでおる者達ではあるまいな?」
「やっぱりオリガ様は流石です!その通り、オリガ様によくイタズラしている子達ですよぉ」
悪戯妖精は小猿程の背丈の、小さな人型の生物である。
その名の通り、人間に簡単な悪戯を仕掛けては悦に入る妖精であった。
何故かわらわは、よく此奴らの標的にされる。
今朝も寝室で目覚めた時、枕元に錆びた金属片を積み上げられていた。
「この子達、本当はオリガ様のことが大好きなんです。あの金属片も、オリガ様へのお誕生日プレゼントだったらしくて」
小さく甲高い鳴き声を上げながら、悪戯妖精達はわらわの足元で跳ね回っている。
「というか…オリガ様って、いつも変わった子たちに好かれますよねぇ。人間以外の」
不思議そうに首を傾げ、エルシュが呟いた。
「どうしてでしょう?」
「知りたいのはわらわの方じゃ、全く…」
そう。
幼少の頃から、わらわはやたらと『人以外』に懐かれる。
それが犬や猫、小鳥などであればまだ良い。
しかし、わらわに寄ってくるのは毎回決まって魔物の類であった。
5歳の時に庭園で遊んでおれば、どこかから迷い込んできた毒霧蛇に求愛され。
12歳の時に父上達と狩りに赴けば、大角猿の群れに攫われ甲斐甲斐しく世話をされ。
つい3ヶ月前には、泡吹蛙のおたまじゃくし達に母親と勘違いされ追い回され…。
「どうしてこうも難儀な体質なのじゃ、わらわは」
そうぼやいてから、ふと視線を落とす。
足元の悪戯妖精達が、シュンと項垂れていた。
「…別に悪いとは言っておらぬ」
思わずそう言うと、妖精達は嬉しそうに再び小躍りをし始めた。
結局のところ、どのような者であれ懐けば愛嬌があるように思えてしまうのであった。
「ふふっ、皆オリガ様のそういうところを好きになるのかもしれませんねぇ」
エルシュがそう言った時であった。
突然、書物庫の扉が開いた。
悪戯妖精達が、慌てて本棚の影へと逃げていく。
「む」
「あら?」
わらわ達が振り返ると、扉の隙間からこちらを覗き込む少年の姿が見えた。
「なんじゃ、ニコラスではないか」
その少年は、わらわの歳の離れた弟…このフォンテール王国の第二王子であるニコラスであった。
「あ、姉上…」
普段は大人顔負けのしっかり屋であるニコラスが、今はなんとも情けない表情で佇んでいる。
「どうした?何があった?」
ニコラスは少し黙って俯き、やがて口を開いた。
「その、実は…」