王太子、他人事
俺の妹は、昔から魔物に懐かれる体質だった。
どの魔物にも…というわけではないようだが、相性が良ければ危険度が相当高い魔物すら手懐けてしまう。
一度あいつに懐いた魔物は人間に危害を加えなくなるので、かなり有益な才能だ。
尤も、大事な妹を兵器のように扱う気は毛頭無いが。
そんな妹の才能は止まることを知らず、挙句に今日この日。
「で…伝令!騎士団及びオリガ王女より、『悲嘆の墓地』でのアンデッド討伐を完了したとのこと!」
「そして…現地で遭遇した死霊希少個体・呪怨之墓守がオリガ王女に服従の意志を示し、騎士団に同行しているとのこと!」
議会の最中、兵が非常に面白い報告を持ってきた。
呪怨之墓守…ここ数十年間、存在が確認されていなかったアンデッド。
生きとし生けるもの全てを、その手指で触れただけで葬り去るという"死の象徴"。
そんな相手まで手懐けるとは、どこまであいつは面白いことをすれば気が済むのやら。
「…アレクシス。面白がっている場合か」
隣で同じ報告を聴いていた父上が、渋い顔を俺に向ける。
「失礼致しました」
王族らしく無表情を貫いているはずなのだが、何故毎回こうも見透かされるのか。
「へ、陛下の仰る通りですぞ殿下!」
伝来内容のショックから立ち直った大臣達が、ようやく騒ぎ出した。
「い、いくら何でもアンデッドを連れて参るなど!」
「そもそも自我の希薄なアンデッドが、何故オリガ様に⁉︎」
自我が薄かろうが無かろうが、それを懐かせるのが妹である。
今更何を言っているのやら、と俺は呆れる。
「いえそんなことよりも!ニコラス王子はアンデッド嫌いであらせられますぞ!城に一歩でも立ち入らせようものなら、どうなるか…!」
それには一理ある。
弟が遊学に赴く通り道のアンデッドを処理することが、今回の騎士団遠征の目的だったのだ。
それが弟をアンデッドから遠ざけるどころか、逆に生活圏に招き入れることになるとは。
まぁ、あいつもいい年頃だ。
嫌なものは克服するに限るし、いい機会だろう。
突然、父上がチラリと俺を見た。
「アレクシス」
「何でしょうか」
「其方、随分と乗り気なようだな。それから、あまりニコラスを虐めてやるでない」
「…」
何故見透かされるのか。
全くもって解せない。
父上は一度咳払いをすると、大臣達を静まらせてから口を開いた。
「ひとまず、現物を見てみぬことには決めようが無い。伝令よ。一度連れて参れと、ヴィーゼルに伝えよ」
「はっ!」
伝令の兵が下がった後、父上はまた俺を見た。
「ニコラスを部屋へ。罷り間違ってもアンデッドと鉢合わせせぬよう、見張りを付けよ」
「承知しました」
さて、どうなることやら。
妹達の帰還が、少し楽しみになってきた。