鼠大戦 ミッキーvsピカチュウ
「キミとなら本気で遊べる」
そう呟いたミッキーの周りに一陣の風が吹きました。
それはたちまち巨大な竜巻となり、ミッキーを覆い隠します。
「"古の所有権"(ジ・オーナーシップ)をお見せしよう」
荒れ狂う風の中でも、その声はピカチュウの耳にはっきりと届きました。
ピカチュウは警戒を緩めることなく竜巻を見つめます。
しばらくすると、あれほど荒れ狂っていた風は嘘のように静かになり彼が現れました。
しかし、先程までのミッキーとはどこか様子が異なります。
「この姿になるのは80年ぶりだね」
そう言いながらノビをしたり、耳を引っ張って遊んでいます。
(何が変わった?何が違う?)
ピカチュウは注意深く観察を続けます。
(考えろ、僅かな変化も見落とすな。奴が意味もなくこんなことをするはずがない。1つの見落としが致命傷となるだろう。奴は何と言っていた?)
"80年ぶり"
"古の所有権"
これらの言葉がピカチュウにあることを予感させます。
それに加えて、彼の姿を見てピカチュウは確信しました。
「その言葉、その耳。お前はオズワルドだな」
「ビンゴ!」
オズワルドと呼ばれた彼は嬉しそうに返しました。
(オズワルドだと?とんだ化け物が現れやがった。真っ向勝負は無理だ。時間を稼がねえと)
動揺を隠しながらピカチュウは続けました。
「オズワルド・ザ・ラッキー・ラビット。唯一神ウォルトの手によって生み出されし者。比肩する存在はなく、最強の名を欲しいままにしていたが僅かな綻びから封印された原初の一。御伽噺だとばかり思っていた。あの騒がしい啄木鳥野郎は元気にしているかい?」
ピカチュウは両手を挙げて、やれやれというポーズをとります。
それに対してオズワルドは懐かしむようにして答えます。
「あれも昔に比べて随分落ち着いたようだね。当時は手が付けられない乱暴者だった。まあそれはそうと」
君の力は素晴らしい、と続けました。
「知識、洞察力、機転。どこをとっても一流だ。今すぐ決着を付けるには余りに惜しい。少し話をしても良いかな?」
オズワルドの申し出に対してピカチュウは内心ほくそ笑みました。
(かかった。時間を稼げば俺が勝つ)
「事ここに至って、これ以上話すことなんざあるのか?」
ピカチュウはあえて挑発するような返事をしながら手を振りました。
伝説様のすることはわからねえな、そう言って笑いました。
「物知りなキミを見たら年甲斐もなく対抗したくなっただけさ。そう時間は取らせないよ」
オズワルドはそう言って話始めました。
「ピカチュウ。かの御三家を従える王。"フジの怪物"ミュウツーを端緒に、結晶塔の帝王エンテイ、裂空の訪問者デオキシス、波導の勇者ルカリオ、キミがこれまで打倒してきた強者達を挙げればキリがない」
立て板に水を流すように、己に関しての知識を披露するオズワルドを見てピカチュウの背中には冷たい汗が流れました。
(こいつ、どこまで知っていやがる。まさか)
ピカチュウの動揺をよそにオズワルドは話続けます。
その余裕に満ちた様子はまるで全てを見透かしているようです。
「キミの勢いは留まることを知らず、やがては神と呼ばれる存在にまで迫っていった。光輪の超魔神フーパ、時間の神ディアルガ、空間の神パルキア、そしてアルセウス。神々すら凌駕するキミを人々は畏怖し、やがては"雷柱"として信仰した。その雷はまさに雷神の咆哮、万物を切り裂くそれはいつしか"神鳴"と呼ばれるようになった」
(ああ、こいつは既に)
「ここからが本題だ」
オズワルドはピカチュウを見据えて言いました。
「もう準備は済んだのかい?」
(知っていやがった)
「狙った地点に落雷を呼ぶなんて芸当には桁外れの天候操作能力が必要だ。そんな力はそれこそ神の所業、一生命体に許されるような能力じゃない。君は自分自身を避雷針をすることで局地的な落雷を発生させている。先ほどからの両手を掲げ、手を振るポーズ。それが能力の行使に必要な所作なんだろう?」
全てを見抜かれていた事を悟ったピカチュウの心には焦燥ともう1つの感情が満ちていました。
それは困惑。
能力の実態を暴いたとしても、その雷は神々をも退けたのは事実。
オズワルドが見せる、そんな技を妨害もせずに使わせようとする程の余裕の正体は自身なのか、虚勢なのか。
ピカチュウは眼前の怪物の腹の内が読み取れずにいました。
数舜の困惑の後、ピカチュウはふと笑みをこぼしました。
戦いの場に相応しくない様子を見てオズワルドは不思議そうに問い掛けました。
「どうしたんだい?」
ピカチュウはこれまでの己の戦いの軌跡を振り返りました。
相手の正体だの力量だのを気にするようになったのはいつからだっただろうか。
昔の自分ならば小難しい事を考えずにただ全力で向かっていったのではないか。
「いや何、少しばかり考え事をしていた」
ピカチュウは顔を上げ正面を見つめます。
その目から迷いは消えていました。
「もう面倒な腹の探り合いは無しだ、オズワルド。神の雷の力、その身で知れ」
いつものように言葉を紡ぎます。
「天空に雷鳴響く混沌の刻」
ピカチュウの言葉と同時に空に雷雲が立ち込めます。
「連なる鎖の中に古の魔道書を束ね」
無数の稲光が、今にも大地に降り注ごうとしています。
「その力、無限の限りを誇らん」
ひと際大きな雷鳴が響き渡り、ピカチュウは告げました。
「じゃあな、オズワルド。お前の時代は今ここで終わる」
そうして掲げた両手が一気に振り下ろされました。
振り下ろされた両手がトリガーとなり、天空に満たされたエネルギーは枷から解き放たれ、光の奔流となって降り注ぎました。
幾百の雷がまるで意思を持つかのように鼠の王に襲い掛かります。
全身全霊で放たれた"かみなり"、直撃を受ければどれほどの威力か、もはやピカチュウにもわかりませんでした。
何を企んでいるのかは知らないがこれで終わりだ。
直後、大地を揺るがす轟音と共に目を開けていられない程の光が周囲を包みました。
ピカチュウにとっては見慣れた景色でした。
この光が消えた時、眼前に広がるのは荒れ果てた大地と原形を留めぬ相手の亡骸。
残るものは勝利の喜びなどではなく、言葉に出来ない虚しさだけ。
そんな心の空白を埋めるように、次なる敵を求めてピカチュウは戦い続けてきました。
今回も同じこと。
光が消えて、ピカチュウの前に広がる光景。
いつもと同じく荒れ果てた大地。
しかし、ただ1つ。
いつもと違う点があるとすれば。
「馬鹿な」
"かみなり"の落下点に立つ影。
そんなはずはない、神と呼ばれる者たちすらこの一撃の前には平伏してきたのだ。
砂煙が晴れ影の姿が明らかになるにつれて、ピカチュウは己の心臓が五月蠅いほどに大きく聞こえることに気が付きました。
オズワルドではない、だと?
その目に写ったのは2つの影、その姿はまるで寄り添い合う"天使"と"悪魔"のよう。
大柄な鈍色の悪魔と、それに比べて小さすぎる胡桃色の天使。
「そのへんでやめておけ」
ピカチュウの耳に、聞き覚えのない声が聞こえました。
その声は影の一方、悪魔を従えた小さな天使のものでした。
一体何者なのか、なぜ"かみなり"の直撃を受けて平気なのか、敵か味方か、様々な疑念が脳内を巡りピカチュウは上手く動けません。
そんなピカチュウをよそに、突然の乱入者に対してオズワルドは怒りを露わにしました。
「何の真似だ」
勝負の邪魔をされたことが余程許せなかったのか、その顔はまるで鬼のようです。
怒髪天を衝く怪物を前にしても天使は動じた様子を見せません。
「何の真似だと聞いている。答えろ、ジンクス」
オズワルドはジンクスと呼ばれた天使に対して詰め寄ります。
今にも飛び掛かりそうな姿を見て、鈍色の悪魔がその体をオズワルドとジンクスの間に割り込ませました。
オズワルドはその悪魔に対してこれ以上ない嫌悪の表情を浮かべながらも続けました。
「ジャスパー、貴様でも構わん。答えろ」
ジンクスとジャスパー。
突然現れた天使と悪魔はそう呼ばれていました。
ジンクスと呼ばれた天使は溜息をつきながら口を開きました。
「今の俺はジェリーだよ、こいつはトムだ。お前がミッキーであるようにな」
天使は自らをジェリーと呼び、割って入ったトムを制して答えました。
「いつまでそのままでいるつもりだ。このままトムと争うつもりか?いくらお前でもそれは無理だ。わかっているだろう」
未だに怒りに震えるオズワルドでしたが、トムとジェリーを睨みつけた後、あからさまに舌打ちをしてミッキーの姿へと戻りました。
トムとジェリー。
その名を聞いてピカチュウはハッとします。
そうか、こいつらが。
ミッキーにも並びうる、もう1人の鼠の王。
そおうはトムと呼ばれる悪魔を従えている。
ピカチュウの額に一筋の汗が光りました。
この2人、噂が本当であれば不味い。
ジェリー本人はまあ良いだろう、ミッキーには及ぶまい。
しかしトム、こいつが曲者だ。
トム、トーマス・キャット。
「鼠の狩人」
「鈍色の獣」
「ジェリーの魔猫」
己の主であるジェリーの言葉にのみ従い、それ以外の方法では決して制御できない。
鼠という種族に対して絶対的な力を誇り、鼠である限りいかなる手段を用いても打倒は不可能。
曰く「絶対殺鼠権」
強いとか弱いとかそういう次元の話じゃねえな。
悔しいが俺の中の鼠としての本当がこいつを恐れている。
それはミッキーとて同じだろう。
ピカチュウはそんな事を考えながら、ジェリーとミッキーの会話の行く末を見届けています。
しばらく話をしていたかと思うと、ミッキーが突如踵を返して去っていきます。
「興が冷めた、あとは好きにしろ」
心底つまらなさそうに歩くミッキーでしたが、最後に振り向いて告げました。
「今回はお前達の顔に免じて大人しく引いてやろう。だが」
突然、周辺の空気が張り詰めました。
「次はその畜生諸共殺す」
その迫力にピカチュウが気圧された次の瞬間、ミッキーは姿を消していました。
ミッキーが去った後、ジェリーはピカチュウに言いました。
「お前達は自分の立場を少しは考えて動いてくれ。自由気ままに振舞っていいような身分じゃないのは理解できるはずだ」
それに、とジェリーは付け加えました。
「あのまま続けていれば確実に死んでいた。お前の才能は認めるが、あれと戦うのは早すぎる。今回はチョロ吉の親父殿に感謝するんだな。あの方に頼まれれば嫌とは言えん」
最後にそう言ってジェリーはトムを従えて去っていきました。
対峙していたミッキーと、乱入してきたトムとジェリーとが去って1人きりになったピカチュウの手は震えていました。
「今更かよ」
ピカチュウは情けないとは思っても、しばらくはその震えを止めることが出来ませんでした
。