宇宙の歩き方 〜Welcome to universe!〜
区画整理によって立ち退きを迫られ、断固として居座っていた山野タロウ。家を勝手に解体された12月31日の大晦日、地球の上に謎の巨大円盤が現れる。しかもそれと同時に幼馴染の西園寺サクラと再会し、極めて不当な理由で地球解体の日がいよいよ来たと告げられる。家を失なった彼はサクラと共に破壊される寸前の地球からの脱出を試みるが……。
宇宙を巡る二人の大冒険が今、始まる!
第20回書き出し祭り参加作品
連載開始時期未定
東京の下町。この辺りは再開発によって、取り壊される家が増えている。俺の家も立ち退きを迫られている。俺の家は祖父の代からの物で、生まれてこの方ずっと暮らしてきた。だからこそ俺は立ち退きだけは絶対に嫌だと思っている。今日は大晦日。町中が新年を迎える準備のためになんだかそわそわしている。朝に不動産屋が来てまたしても立ち退きを催促されたのは嫌だったが、まあ大晦日なので今は機嫌がいい。年越しそばを作るため材料の買い出しに出て、材料にこだわり過ぎて買い物に一時間も費やしてしまった。だが、いい材料が買えたので良かった。家に帰ったらテレビでも見よう……、っておい!
「何してんだ、あんたら!」
家の前に重機が入り屋根を崩している。業者と一緒にいつもの不動産屋がいた。
「何って、解体ですよ。残念でしたね」
「ここは俺の家だぞ! 勝手に壊すなんて!」
「いいですか。この辺り一帯の再開発は決定事項なのです。あなたの様な人のために決定を覆すことなどできないのです」
家が無惨にも壊されていく。俺は買ってきたものを手から落として、ただ立ち尽くすことしかできない。俺の思い出が、家族や友人たちと過ごした思い出が失われていく……。
「許さない! 許さない、絶対に!」
「何を言うんですか、そもそも立ち退かないあんたが悪いのでしょうが……」
突然、不動産屋が言い淀んだ。まるで俺の気持ちに寄り添う様に空が暗くなってきたからだ。これから雨でも降るのだろうか。辛過ぎるあまり、空を直視できない。
「おい、上を見ろよ。なんだアレは!」
「う、うわ!」
すると上を見上げた解体業者の連中が作業を放って次々にどこかへ走っていった。不動産屋もしばらく上を向いて呆然としていたが、他の連中につられたのか喚きながら走っていく。一体なんで怯えているのだろう。ようやく空を見上げる。
空には巨大な円盤が浮いていた。
それからすぐに世界中が大混乱になった。スマホでネットを見ると、どこもかしこも円盤の話題で持ちきりだった。円盤が現れてからおおよそ二時間。あれから円盤には何も動きがない。SNSには世界の終わりかと嘆く声が多くあった。どうせ俺はもう家無しの人間だ。家にあった思い出も何もかも全て失われた。この際、どうにでもなれと思っている。
ふと、こちらに向かってくる足音が聞こえてきた。そっちの方を向くと、懐かしい顔があった。
「山野タロウ君だよね。久しぶり。私、サクラ。西園寺サクラ。覚えてる?」
西園寺サクラは言わば俺の幼馴染である。昔から整った顔をしていて、頭も良かった。だから有名な大学に行ったと聞いている。だが、彼女に一つ変わったところがあった。それは、彼女は自らのことを宇宙人だとずっと言っていたことだった。だが、宇宙人である証拠や宇宙人が使えそうな超能力の類はなかったので、皆んな彼女なりの冗談として受け止めていた。
俺はようやく答える。
「ああ、そうだけど。久しぶりだな、サクラ」
「ええ、そうね。それと、家のこと、残念だったね」
彼女は家の方を向きながらこう言った。彼女なりに慰めてくれている様に思えて、嬉しかった。
「そうだな。俺は明日からどうしたら良いんだ」
すると彼女は少し残念そうに言葉を続けた。
「実はね、この星に明日なんて無いのよ」
「はっ?」
「今、私たちの頭上にいる円盤はこの星を解体するために宇宙帝国が送り込んだ物なの」
本当にそんなことがあるのか。
ダメだ、この星は破壊して欲しくない。
「まあ、上の円盤が地球を破壊するための物だとして、どうして壊されなくちゃいけないんだ?」
「それは、極めて不条理な理由よ。宇宙の四分の三を支配している宇宙帝国が太陽系一帯を再開発するためだってさ」
「それは、極めて不条理だな。住人たちに何の許しも得ずにね」
やはり地球の破壊は回避できないのだろう。じゃあ、せめて俺は今死にたくない。
ここでふと冷静になって、彼女は本当に宇宙人なのかもしれないと気づく。
「なあ、サクラ。お前は本当に宇宙人だったのか」
彼女は何の躊躇いもなく。頷いた。
「そうよ。私は昔から言っている通り宇宙人よ。両親の仕事の都合でこの星に来た」
サクラはバッグの中にしまってあった一冊の本を取り出した。表紙には『宇宙の歩き方』と記されている。
「これはこの星の日本語に翻訳した物だけど、『宇宙の歩き方』っていう宇宙全域で売られているガイドブックなの」
「ほう」
彼女から『宇宙の歩き方』を手渡される。中を読むと宇宙にあるという百以上もの文明を持った惑星が掲載されており、一つ一つに細かい解説と星の座標、おすすめの観光スポットが掲載されている。ちなみに地球は五十音順で四十二番目に載っていた。
「私の父はこれの地球の紹介文を書くためにこの地を訪れ、地球人である私の母と出会い結婚したの。父と母は私の大学進学を機に父の母星へと移住したわ。私も、地球から今日中に退去しなきゃいけない……」
「そうか。それじゃあ、今生の別れだな」
「いや、それを言うためにあなたに会いに来た訳じゃないわ」
「と、言うと」
「あなたも宇宙に行かない? きっと楽しいわよ」
急な誘いに俺は戸惑う。いや、何を悩んでいるのだ。今、ここで死にたくなかったら彼女についていくしか選択肢は残っていないじゃないか。どうせ、俺にもう帰る場所はない。
「わかった。一緒に行くよ」
「そう、それなら嬉しいわ。じゃあ、こっちに来て。宇宙船まで案内するわ」
そういうことで、俺は西園寺サクラと一緒にこの星を出ることにした。
案内された先は何もない空き地だった。サクラがバッグから取り出したリモコンらしき物を操作すると、今まで見えてなかった宇宙船らしき乗り物が姿を現した。船体横の外壁が変形して乗り込むためのスロープと出入口が展開される。
「これが私の船よ。四人までは乗れるから広さとかは大丈夫。さあ乗って」
船内に通されて、座席へと座る。サクラはというと、操縦桿周りについているスイッチやパネルを操作し始めた。よくはわからないが、慣れた手つきだと思った。
自信に満ち溢れた表情で彼女は操縦席に座った。
「ひとまず、父の故郷に向かうけど、異論はないよね?」
「そもそも、俺は宇宙に行くのが初めてだから、どこがいいとか決められないよ」
「まあ、それもそうね。目的地に着くまで地球時間で二時間はかかるから、その間にこれでも読んでいて」
そう言われて渡されたのは『宇宙の歩き方』だった。確かに、これから行く宇宙にはどんな星があるのかは知っておく必要があるなと思う。
「わかった。フライト中にでも読んでおくよ」
「おっけー。じゃあ、そこの席に座ってベルトを締めて。出発するよ」
サクラが操縦桿を動かすと、船は空に向かって飛び始めた。はじめはゆっくりと飛んでいたが、途中から加速して高度を上げ、いよいよ宇宙が見える辺りまで到達した。
「目的地、セット。ナビゲーションシステム異常なし。じゃあ、ワープする……」
サクラがそう言った瞬間だった。突如として、船内の照明が赤くなった。
「なあ、これって大丈夫なのか?」
「大丈夫な訳ないでしょ。え、操作システムの制御が効かない……」
「はぁ!」
すると船は突如として進行方向を急転換した。前方の窓を見ると進行方向上には、地球を解体しに来た例の巨大な円盤がある。
「なあ、このままだとあれに衝突するんじゃないか……」
「そうね。それと、もっと悪い話よ。ワープシステムが誤作動を起こしてる。このままだとあの船に向かって光速を超えた速度で突っ込むわ!」
「なんだって!」
俺がこう言った途端に船は、目が追い付かない程の速度で前進した。
「うわぁ!」
「あああぁ!」
俺たちは何が起きたのか理解ができなかった。言えるのは、人間の脳では理解できない地獄絵図のような風景が目の前に現れた。俺は必至に助かることを願った。俺は曲がりなりにも生物なのだ。こういう時でも、生存しようと必死でこの状況を堪えようとしていた。気が付けば俺は気を失っていた。
「タロウ! 起きてよ! 私、あなたが死んだら……」
サクラの叫びが聞こえる。意識が戻る。慌てて起き上がるとサクラの頭と俺の頭がぶつかってしまった。
「痛い! 何すんのよ!」
「ごめん! 今ようやく目が覚めた!」
俺は辺りを見回す。俺たちがいたのは砂漠の真ん中だった。そばには壊れてしまった宇宙船。船体のあちこちから火が出ている。
「ここは?」
「それが、わからないのよ。船のナビゲーションシステムは無事だったから現在位置の座標を調べたんだけど、知らない座標だった。それこそ、『宇宙の歩き方』にも乗ってないの……」
「まじか……」
サクラの顔が浮かない。先程までの自信に満ち溢れた顔はそこにはなかった。
「どこなのよ、ここは!」
彼女は砂漠の彼方に向かって叫んだ。彼女の不安が俺に伝わってくる。不安になった俺は立ち上がって続いた。
「ここはどこだ! 俺は一体どうなるんだ!」
今、俺とサクラの眼前には、果ての見えない砂漠だけがただただ広がっている。
まあ、ただ叫んでも仕方がないか。俺はそう思った。
「……サクラ、この向こうに町とかありそうか?」
「それは、わからない」
「でも、この砂漠の向こうに行ってみる価値はあるだろう」
「……そうね」
それからすぐに俺たちは必要そう、かつ無事そうな荷物を持った。そしてどこの星かもわからないまま、砂漠の向こうを目指して歩き始めた。役に立つかどうかは置いておいて、『宇宙の歩き方』も携えて。