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【番外編】降り止まない雨の世界β

 

「ヘイ、ざえ! 俺らとバスケットしようぜ!」


「ダメ! ざえは私達とお遊戯会の練習をするの!」


 幼少期の私は、アメリカで過ごしていた。幼い頃に海外で暮らしていれば英語を簡単に習得することができ、近い将来大きなアドバンテージとなる、と母は言っていた。

 しかし、この時の私はそれを理解できるはずも無く、母は私の為を思ってくれているのだ、なんて希望的解釈をしていた。


「ごめんね。私、この後習い事があるから」


「ちぇー、ざえは忙しいな」


「ざえちゃん、お遊戯会は一緒に出ようね?」


 放課後、遊びに誘ってくれる友達を捨てて、私はいつも帰路に着く。

 鞄からスケジュール帳を取り出して開くと、ピアノに水泳、声楽に美術、様々な分野の習い事がびっしりと詰め込まれていた。


 全て、母が入れたものだ。


 母は、天才だった。

 日本の田舎生まれでずば抜けて勉強ができ、そこでは神童として称えられていたらしい。

 ……が、母は大学受験を失敗した。

 名門国公立どころか有名な私立大学にすら通ることが出来ず、結局彼女は自身のレベルよりも数段下の大学に進学した。


 今となっては分かる。彼女はきっとこの体験をしたからこそ、私にあんな対応をしたのだろう、と。


 私がハーフなのは、日本ではハーフが美男美女と判断されるから。

 私がハーフなのに名字が"七歩之"なのは、私が生まれて早々母が父と離婚したからだ。


 私は一人でスクールバスが到着するのを待つ。

 バスケットボールや、お遊戯会の練習を妄想しながら。


「……ざえーーーぃ!!!」


 ドン! っと背中を押されて私はよろめく。ため息をつきながら振り返ると、そこにはそばかすの女の子が誇らしげな顔で腕を組んで立っていた。


「もう……エマ、びっくりするからやめてっていつも言ってるでしょ?」


「あんたがさみしそうな顔してるからだろー?」


 ニシシと笑う彼女の姿を見ると少しだけ元気が湧いてくる。


「ねぇエマ、なんでいつも一緒に帰ってくれるの? バスの方向は違うのに」


 私はAルート、彼女はCルートのスクールバスに乗らねばいけないはずだ。それなのに、彼女は一周回って学校に戻って来るまでAルートのバスに乗り続け、そこからCルートのバスに乗るという奇妙なことをしていた。


「そりゃあ、ざえと話す為に決まってるじゃん? ざえ、学校終わったらすぐ帰るから話す時間ないしー」


「何よ、それ……ありがとうね」


 プシューっとバスが蒸気を排出して、扉が勢い良く閉まる。それから少しして、ゆっくりとバスが動き出した。


 これが、私の幼少期の日常。


 今思えば、人生で、一番無知で楽しかった時代。


 しかし、それはガラスのように。一度亀裂が入れば瞬く間にヒビが広がり、遂には崩れ落ちてしまうように。


 母の一言で、全てが壊れた。


「ざえ、明日にはアメリカを出るから準備して」


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