#58.チカは限界化する
その特徴的な声でピンとくる。
「き……きういさん!?」
「そーだよぉー! きういお姉さんだよぉ〜!!」
きうい姉は満点の笑顔で私に急接近してくると、両手を広げて飛びついてくる。
「ちょっ……抱きつかないで下さい……!」
彼女の口から臭うアルコール臭に耐え切れず、近づいてくる顔面を必死に押して何とか引き剥がす。
ヒックヒックと体を揺らすきうい姉。
彼女は配信時の振る舞いがマシにさえ思えるほどの姿をしており、身に纏うダルダルのTシャツは襟が伸び切って肩がはみ出ている。
何か物騒な事件に巻き込まれてしまいそうな粗雑なプライベート姿だが、それがある意味電脳世界のきうい姉と同じ印象を与えている。
そして、常人とは異なる独特なオーラもまた強烈に感じられた。
「ちちよちよちちよちよちよちょちょっと待って……!!! い、今あまちゃんなんて言った……?」
一足遅れてチカが見るからに動揺し始める。
……こ、これはまずい気が──
「ううわああああああううあうあわあうぅぅっ!!!!!!!!」
私の予想通り……いや、予想すら超える反応である。彼女は大量の涙を放出し、声にもなっていないような泣き声を上げた。
「ひいぐぅ……わ゛だっ わだし! 昔からぎういねえのごどびででぇっ! ……ひぐっ……じゅっとぉ……だいしゅきでぇ……!!!」
限界化。
アイドルやアニメキャラ、配信者など、日頃から活動を応援している推しへの愛が爆発することで、語彙力や表現力が急激に低下し、人間とは思えないまさに"限界"状態に陥ってしまうことである。
よくよく考えてみると、取り敢えず一通りは"推し終えて"いる屈指のVTuberオタクの彼女のことだ。きうい姉という超人気ライバーをマークしていないはずがない。
「ちょっと! 戻っておいで、チカ!」
獣のような呻き声で何度も何度も神への感謝を唱える彼女の肩を掴んでブンブンと前後に振り回し、やっとのことで正気に戻す。
「はっ……! す、すすすすすみませんお見苦しいところをお見せしてしまって!!!」
「なっはっは〜賑やかな子だね〜。チカちゃんって言うの? よろしくねー」
「ひゃっ……!!!! なっ……まえっ!!! まじで軽く死ねるぅっ!!!!!」
いちいち過剰反応を起こすチカが面倒くさくなってきたので、少しからかってみることにする。
「チカ、あれ頼まなくてもいいのかしら? ほら、ちゅーってしてくれるボイス」
「ひぇっ!? い、いくら何でもそんなの頼めな──」
「えー? ボイスぅ? いいよぉー」
話の筋を理解して地獄のボイス収録を快諾するきうい姉。
それにチカは堪らず。
「ぴゃあああああああああああっ!!!」
再び限界化した。
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こいつら全然配信しねえな
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