#54.5.きうい様は頼られたい
時刻は午前0時過ぎ。
サムネイル作成中のまま放置されているPCを横目に、私は床に置いたスマホの前で正座して待っていた。
着信音が数回リピートされた後にブツっと電子音が入ると、その直後深夜とは思えないほどに元気なガラガラ声がスマホから飛び出てきた。
「もっしもーしー? ざえちゃんどうしたの〜?」
「お疲れ様です。きうい師匠」
私が丁寧な日本語を投げかけると、彼女はご満悦のようで何とも嬉しそうに笑う。
「きうい師匠は以前、私に自らの失態を気づかせてくれました。その手腕を見込んで、一つ相談があるのですが……」
約一週間前、初めてきうい師匠と話した配信で、私は2つの大事を引き起こした。
1つ目は、緊張し過ぎて嘔吐したこと。
そしてもう1つは……甘姫 あられさんについて言及したことだ。
あの配信の後、きうい師匠は私個人に電話をかけてきた。そこで、配信者たるものの心構えを教えてもらったのだ。
今をときめく人気VTuberがもつ配信に対する考え方はとても刺激的で、私を大いに成長させてくれた。
今思い返せば、あの時の私の行動は何と自己中心的で無責任なものだったろうか。
私の指摘が真であれ偽であれ、それが1人の未来ある同志の活動生命を絶ちかねないことに変わりはなかったのだ。
しのぎの削り合いは一向に構わないが、潰し合いはご法度。きうい師匠が私の過ちを諭してくれたあの日から、私は彼女を師匠と呼ぶことにしたのだ。
「きうい師匠。今日の配信は見ていましたか?」
「んまぁーちょくちょくかなぁー。どうやら丸く収まったようだね〜。あれ、ざえちゃんが考えたのー?」
「いえ、あんな芸当到底私には……あれはあられさんの策略です」
「へぇーやっぱりやるね〜」
ケタケタと笑いながら缶ビールを啜る音が聞こえる。
「それで、きうい師匠。私はこれからどうすれば良いのでしょうか」
「ん? なにがー?」
「……今回の件で、私は更にあられさんに興味が湧きました。彼女のことをもっと知りたい……しかしあんなことをした以上、もう私とは関わってくれないでしょう」
「ざえちゃんは、あられちゃんと仲良くなりたいの?」
「……はい。自分勝手な願いかもしれませんが、どうしてもあられさんとの関係が切れることだけは避けたいのです」
甘姫 あられさんはこれからのVTuber界の軸となっていくに違いない、と私は考えている。
そんな彼女から学んだ事柄の価値はきっと計り知れないほど高価であろう。
それに……あれだけ迷惑をかけた私にすら、彼女は優しくしてくれた。
とても厚かましくて図々しい願いかもしれないが、彼女なら私と友達になってくれるかもしれない。
誰も招いたことの無い自分の部屋が、やけに寂しく思えた。
「ざえちゃん……それは単なる"興味"じゃないね……」
きうい師匠が"今から大事なことを言います感"をおもむろに出すので、私はメモ用紙とボールペンに手を伸ばす。
「ざえちゃん……私の言うことをよく聞いてね」
「……はい」
「その感情は"興味"なんかじゃない……それは"恋"っ!!!!」
「……っ!」
この気持ちが……恋……!!!
初めて自覚した……恋という気持ち……私は自然と高揚する。
「……でもどうしましょう。これが恋なら尚更……あられさんと離れたくありません」
「……ふっふっふ……配信で会えないならば、現実で会っちゃえば良いのさぁー!」
「……な、なるほど! 流石はきうい師匠。勉強になります」
その斜め上を行く発想に感激し、思わずメモ用紙に"リアルで会う"と書き込む。
しかし、プライベートのあられさんに突然押しかけるのは、流石に迷惑では無いだろうか。
「きうい師匠。もしあられさんに拒絶されたらどうしましょう……?」
「んもぉーざえちゃーんそんなことも分かんないのぉー?」
キウイ師匠は喉にビールを流し込むと、ドンっと缶ビールを置いてプハーッと快活に声を上げる。
「そういう時はぁ……キスで黙らせるのよお!」
「な、なるほど!」
"キス"と大きく書き込み、周りを丸で何重にもして囲む。
「きうい師匠、ありがとうございました。大変勉強になりました」
「いいってことよぉー。んじゃ、またなんかあったら連絡してくるんだぞ〜」
感謝の意を述べて電話を切ると、私は放置中だったPCに向かい合い、早速作業に取り掛かった。
あられさんが賢いと仮定すると、絞られる条件は……
「……ざえ、その話本当なの……?」
「……? うん。きうい師匠がアドバイスをくれた。ありがたい」
数日前の昼休みにざえのとった奇行の原因は、どうやらどこぞの酔っぱらいの仕業らしい。
ざえの真剣な眼差しに加え、気の抜けた顔でピースしてくる酔っ払いの姿を想像してしまい二重に頭が痛くなる。
どうせアルコール漬けの頭で面白半分に唆したのだろう。
私の歯型のみついた玉子サンドウィッチを口に放り込み、私は唸りながら咀嚼する。
きうい姉に何らかの粛清を与えることを心に決め、私はサンドウィッチを飲み込んだ。




