#48.朝の目覚めは気持ち良く
「えー……チカ、ほんとにやるの?」
「うんうん!! ぜひ!!! ぜひおねがい!!!」
「なんなのよそのテンション……」
「もう公共の場でシチュボ流すのはやめるから! だからはやくーっ……!!」
「うぅ……分かったわよ……」
今は早朝かつ人通りの少ない道路だからまだ良いけれども、例えば学校なんかでまた流されたら洒落にならない。チカも流石にそこまではしないだろうが……
だが、念には念を入れるべきだ。
私は手渡されたチカのスマホを口元に近づけると、ふーっと深呼吸をして心臓の鼓動を落ち着かせる。
くぅ……あの辱めをこんなすぐに再び味わうことになるなんて……!
だが、背に腹は変えられない。私は咳払いで喉の調子を整える。
ここまで来たならもうヤケだ。パパっと済ませて手短に終わらせよう。
「おねえちゃん……チカおねえちゃーん、あさだよー……まだねてるのかなぁ……おねえちゃーん、おきてー!」
まさか、起床アラーム用のボイスを要求されるとは……
ちらっとチカを見てみると、眩しいくらいに目をキラキラさせて手をブンブン振り回している。
声を出してしまうと録音音声に入り込んでしまう可能性があるため、代わりに体で表現しているのだろう。
「おきないなら……こちょこちょしちゃうよー? ほらー、はやくおきないとぉー……こーちょこちょこちょこちょー!!」
再度チカの反応を確認してみると、今度は大口を開けたまま無言で涙を流していた。
これは感動……と受け取って良いのだろうか。
すると、チカはどこからかスケッチブックのようなものを取り出して、マーカーで何かを書き始めた。
引き続きアラームボイスを収録しながらも彼女の様子を伺っていると、やっと書き終えたようでマーカーのキャップを閉め、シュバッと勢いよくスケッチブックをひっくり返した。
真っ白な画用紙に書かれている粗雑な大文字に目をやると……
『ちゅーしてください』
いやカンペかいっ!!!!!
思わずスマホを地面に叩きつけてやりたくなるが、そのギリギリ寸前で思い留まる。
ちゅーしてください、って……どういう心理状況でそれ書いてんのよ……
私はその絶妙に気持ち悪いワードセンスとメンタルに絶句する。
が、そう要望するなら仕方がない……今の私は残念ながら彼女に反抗出来ないのだ。
「どーしてもおきないならぁ……ち、ちゅーしちゃうよー……? ね、ねぇきいてるー? ほ、ほんとに、しちゃうよ……?」
……同級生の友達とキスする音声をその友達の前で録音する、なんて……特殊状況すぎて変にドキドキしてしまう。
でもなんか、変なスイッチが入ってしまいそうな……
息遣いを荒くしながらハート目で私を見るチカの姿に、少し変な気持ちになってしまう。
どうせなら、少しいじめてあげようかしら。
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