#39.5.彼女達は会談する
少し本編がシリアスすぎるので、きうい姉で中和します。
「ふぅ……」
日もとっくに暮れて、暗闇に包まれた空を窓越しに見ながら、私は社長室で一息ついていた。
大体5分から10分位。
毎夕、自分の好みよりも少し苦めのコーヒーを片手に、今日という一日がどんなものだったのか振り返る。日々の復習と言えば分かりやすいだろうか。
物事を客観的に見る時間を少しでも作ることは、自己のパフォーマンスを上げるには必須事項だ。人々に何かを提供している人間は特に。
だが、この有意義な時間を破壊しに来る者がいる。
「ルナっち〜来たよぉー」
ドカッと勢い良く扉を開けてあちら側の私の名前を呼ぶのは……とんだ酔っ払い。
「なんでもう酔ってるのよ、昨日の失態を忘れたの?」
「昼の収録でそういう企画があったからさー」
えへへ、と笑いながら右手の缶ビールに口をつける。たく、水のように酒を飲むな。
「あんたね、ライバースは一応アイドルグループなのよ? 缶ビールを持ち歩くアイドルがどこにいるのかしら?」
「でも、そういう役割でしょ? 私は」
ニヤッと笑う彼女の言葉に、私は何も返さない。
きういが来客用の豪勢なソファにだらんと腰かけると、私もカップを口元に持ってきて、その静寂を打ち消すように音を立ててコーヒーを啜る。
少し間が空いてから、彼女がうわずった声で話を切り出した。
「あられちゃん、大丈夫かな?」
彼女の本題はきっとこれなのだろう。あの件は私もリアルタイムで視聴していた(きういの監視も兼ねて)が、今具体的にどんな状態であるのかはいまいち分かっていない。
分からない、と簡単に答えてしまっても良いのだが、それではわざわざ社長室まで足を運んできてくれた彼女に悪い。それに、この話はきっと私にとっても重要である。
「こんなところで終わるような人間じゃない……とは思ってはいるけれど」
「だよね。私もそう思う」
「一応、私が直接ライバースにスカウトした相手だからね。あなたを除くと、あられさんだけだわ」
それに、あられさんの場合は思い切って配信上でスカウトしたのだ。この判断を吉にする為にも、彼女にはゆくゆくはライバースを牽引する存在の一人になってもらわねばならない。
「……もし、あられちゃんがVTuberをやめたら……代わりに七歩之才をライバースに入れる?」
「それは無いわね。あの子とあられさんじゃ格が違うわ。私は頭が良い人以外を仲間に引き入れるつもりは無いの。たとえ才能がどれだけあっても、ね」
私の返答を聞いて気が済んだのか、きういは気の抜けた声と共にソファから立ち上がり、右手を左右に振りながら部屋を出ていった。
私はまた窓に目を移して、コーヒーを啜る。
「あられさん。期待しているのだからね……」
彼女はかなりの逸材だが、無意識に自分自身で制御をかけ過ぎていることを勿体なく思えてしまう。軒並み外れた彼女の能力が、それを促してしまっているのだろう。
その制御を知覚し、それすらも制御することが出来たなら……
ふとソファに視線を戻すと、ソファの前に置かれた大理石の机の上に空の缶ビールが残されていることに気がついた。
「きうい……」
よし、給料は減額しよう。そうしよう。
持ち主から置き去りにされた缶ビールには、大きくノンアルコールと書かれていた。




