#3.14.自称専門家にろくな奴はいない
閑話です。
初配信の視聴者目線のお話です。
突然ですが、私は小林 場矢士(53)。
給料が上がる上がると唆されて入ったものの上がったのはかつて部下だった者達の階級のみ、そんな会社で出世する部下を見送りながら仕事を捌くこと数十年、嫁をもらって2人の子供と順風満帆に暮らすという人生設計はとうの昔に崩れ落ち、未だ独身少ない給料すら使い道もなく貯まっている始末。
人生に楽しみがない。それならいっそ、屋上から飛び降りた方が──と一時期思いはしましたが、会社で富田林(飛んだ場矢士)と変なあだ名を付けられそうで止めました。
そうなんです。死んだ後でさえ人の目を気にするような小心者なんです、私は。
あだ名なら──何も考えなくて良かった、夢と希望に満ち溢れた小学生の頃に友達のツッキーが付けてくれたバヤッシーというあだ名が私にはあるのです。富田林なんて不名誉なあだ名で呼ばれたくない!
失礼、少々興奮してしまいました。
そんな私が数年前に見つけた、唯一の趣味があります。
それが、"VTuber鑑定"です。
近年、VTuberというものが非常に流行っておりまして、私のような社会のゴミに救いの手を差し伸べてくれるのです。
だがしかぁし! 彼女らの優しい言葉には裏がある!
売れたい、人気者になりたい、金を稼ぎたい、その手段に我々は使わされているだけなのです。
その証拠に、彼女らの声には若干の馬鹿にした気持ちが乗ります。変なことを言ってるんじゃありません。常に人の目を気にしてきた人生ですから、分かってしまうのです。
しかし、それに気づかない他の人達は何も考えず笑顔で金を貢ぐ。それを見ながら私はウーロン茶をすするのです。同時にVTuberの点数もつけます。ちなみにお酒は飲めません、ハイ。
今日も同じようにパソコンを開き、新人VTuberを検索します。まるで明日の出勤から逃避するかのようにね。
「甘姫あられ? ふむ」
ビジュアルは公開されてるようですね。如何にもなこのタイプ。顔から分かります、社会のゴミを優しく包んでみんなまとめて搾取って魂胆です。
あ、始まりました。待機画面可愛らしいですね。これも売れるために必死で頑張ってバイトしたお金で依頼したんでしょうかね。
さあ、そろそろ声が聞けますよー。
……って、ミュート芸じゃないですか。ハイハイお決まりのポンね。ちなみに我々はぽんこつしたことを略してポンと呼びます。
初配信ミュート芸はもはやテンプレ、と。
普段はコメントなんてしないんですけどね。ここまでわかりやすいポンをされちゃうと、コメントしたくもなるものですよ。
ふん? しゃしゅ?
今度は噛み芸で来たようですね。真面目にやっているのかわざとやっているのか。
まあ後者の確率が高いでしょうね。それかよほどのぽんこつ。
ミュートからの噛みはもはや王道、と。
情けないですね。お金のために道化を演じるなど。こんなことをしていても何も得られないのに──ひょやっ!?
驚きました。とても大きな音……派手にコケてしまったようですね。
ここまで来ると、本当に真面目かわざとか分からなくなってきました。どちらにしてもここまで来れば凄いですが……
ミュートからの噛みからの大コケは……むしろ……安定……!、と。
そう、むしろ安定。きっとわざとです。恐ろしい、お金に目の眩んだ人間はここまでするのですね。
ひぃ恐ろしい。
いやはや?
何か落ち込んでいるようです。
少し、かわいそうです、ね──ひょややややっ!?!?
上目遣いっ!? 近っ! しましゅっ!?
か、か、か!!
可愛い……
ああ、私はなんて勘違いをしていたのでしょう。わざと? お金のため? 馬鹿馬鹿しい。この娘がそんなことを考えているわけが無い。見てください、彼女のこの笑顔。純粋無垢な、まるで小学生の頃の私のような……
この笑顔を、守りたい。
ただ、そう思いました。
私は、この娘に、あられちゃんにお金を注ぎたい。
"嫁"が出来た、そんな瞬間でありました。
私は頬を伝う大粒の涙をせき止めながら、チャンネル登録ボタンを、クリックしたのでありました。
《以上『バヤッシーのブログ──嫁』より抜粋》
《《《みんなはこうなるなよ?》》》