#163.最後のひと押し
「はいっ! ってわけで、はっぴょーもぶじおわったので、ここからはライブ映像をみながら、皆でふりかえっていきたいと思いまぁーーす!!」
コメント
:事務所の情報そんだけ!?
:名前は?
:まだ全然決まってないのか?
:作るって意気込んでるだけか?
:名前とかきめてないのー?
「あられさん、名前って指摘されてますよ?」
「あっ! あぶなーい、いいわすれる所だった……!」
「……まあ、彼女がいるのならあられさんも過労死しないだろうし……でも、それだけじゃまだ許可は出せないわよ」
やっとその重い腰を上げそうなルナだったが、あともう少しのところでまた深く腰を下ろしてしまった。
「……どうしてですか? 何か他に不足することがあるってことですか?」
「ええ、そうよ。まだ肝心なところ──あられさんの設立する事務所の"色"を、教えてもらってないわ」
彼女はコーヒーをすす──ろうとしてカッブが空であることに気がつくと、顔を小刻みに振って気を取り直す。
「色、というのは、何か事業を始める上で一番に大事なものよ。別の言葉で言うなら軸、方針、モットー……時にスローガンや事業の名前として間接的に表されることもあるわ。
ライバースであれば、"アイドルVTuber"かしら。どんな事業であっても、その特性や強みは明確にしておかなければならないの。
これがないと、おいおいの活動がブレブレになって上手く物事が進まなくなるし、お客様──リスナーが、この事務所がどういったものなのか理解しづらくなるわ」
……なるほど。まあ、大体言いたいことは分かった。
「それであられさん、あなたの事務所の"色"はなに? まさか、考えてないなんて言わないでしょうね?」
「勿論考えていますよ」
これは、要するに"どんな事務所にしたいか"という質問だ。そして、この"色"の重要さを私は知っている。
どんな物事であっても、『とりあえず○○してみたい!』とか、『その先は後で考えたら良い!』とか言っている者は殆ど成功しない。
願いを現実に変えたいのなら、抽象的な願いの内容そのものを具体化しなければいけない。明確なゴールがないのに、そこへ辿り着く筋道をどうやって立てるのか、という話だ。無論、筋道を立てることなどほぼ不可能である。
よくある例だが、これを怠った者は何となくで出発し、途中で迷子になって挫折するのがオチだ。たまたまゴール地点に辿り着けた人間はひと握りしかいない。それほどまでに重要な事柄なのだ。
私が、どんな事務所にしたいか。
その問いの答えは──勿論、もう決まっている。
私の場合、事務所を立てること自体が"願い"では無いし、これはあくまでVTuber界の頂点に立つ、という果てしない願望の中継地点にしか過ぎない。
が、それでも"何がしたいか"というのはあらかた決定している。
「私の立てる、事務所の"色"は……」




