#139.あられファンは献上する
着ぐるみの中から外界を覗いてみると、頬を赤らめた女性が私の目の前に立っていた。
私と同じくらいの年齢だろうか。ほのかにピンクがかった白を基調とした、とても可愛らしい衣服を身にまとっている。
あっ! 私の缶バッジ!
彼女の持つバッグには、今回のサマーフェスで販売が開始した甘姫 あられの缶バッジがぎっしりと敷き詰められていた。
初めて見たな、自分の痛バ……というか作るの早っ!!
「あのっ……! もし良ければ……!!」
たった今敗北して、絶望の四つん這い状態である私に彼女が震えた両手で渡して来たのは……ライバースゴールデン焼きそばパンの限定付録、ライバース勢揃いアクリルスタンドであった。
惜しくも手に入れられなかったそのアクスタを前にして、私は少しの間硬直する。
「デビューからずっとあられちゃんが推しで……そのっ、このアクスタが欲しいみたいだったから!! もし良かったら後であられちゃんに渡してあげてくださいっ!!」
……どうやら、中身が甘姫 あられであることは気づいていないらしい。概ね、着ぐるみが甘姫 あられにおつかいを頼まれている、などと考えているのだろう。それか、分かった上での建前か。
もう一度服装に目を向けてみる。
洋服の基調となっている、ピンクがかった白色。よくよく考えてみれば、これは甘姫 あられの髪色とそっくりである。
……私の為に、沢山時間をかけて準備してくれたのかな。
「おなまえは?」
私はゆっくり起き上がって彼女の正面に立つと、彼女にはっきりと聞こえる声で、そう尋ねた。
「えっ、声!? あられちゃ──きゃっ」
驚きと焦りが混じったような顔をする彼女にめがけて、私は全力ハグを仕掛ける。
戸惑っている彼女の耳元に出来る限り顔を近づけると、ヒソヒソ声で落ち着かせる。
「おちついてー。おおきい声だしちゃダメだよ? それで、おなまえは?」
「あひっ……や、山田カナ でしゅぅ……」
「カナちゃん! アクスタ、ほんとにいいの?」
「ひゃ、ひゃいっ!!! 献上いたしましゅ〜っ!!」
くぅ〜〜〜っっっ!!!!
その言葉が嬉しすぎて、抱きついている腕の力が自然と強くなる。
……いや、待て。冷静に考えてファンから直接物を貰うのはご法度か。それに彼女だって、このサマーフェスチケットの倍率を勝ち抜き、一生懸命に働いてお金を得て、更にはこの猛暑を耐え抜いて、大金をはたいてやっとの事で購入したはずだ。
流石にタダで、しかもファンの善意につけ込むような形で貰うのは──ハッ!
彼女の目……この目には見覚えがある!
そう、この目はあの時の……私に(物理的)札束スパチャをしようとした時のチカの目にそっくりだ!!
これは、逆に貰わない方が塩対応認定されてしまうのではないか!? ……ならば、チカみたいな数百万円規模でもないことだし、有難く受け取っておくべきか。
そうと決まれば、私は抱きついていた腕を放してもう一度彼女の前でビシッと気をつけをする。
この感謝はしっかりと伝えなければっ!
「カナちゃん、ほんっとうにありがとうっ! 実はこのアクスタ、めちゃくちゃほしくて……それに、カナちゃんのお洋服と痛バ、めちゃくちゃ愛がつたわってきて、すごくうれしいっ!!!」
「ふ、ふぇぇぇぇーーーーっ!!!!! もったいないお言葉ぁあーーーーっ!!!」
……目といい反応といい、なんかチカみたいだな、この子。もしかして推しに会うと皆こうなってしまうのか?
私は少し苦笑いしながら彼女からアクスタを丁重に受け取ると、彼女の顔に視線を移して口を開く。
「……このやみとりひきは、カナちゃんとあられのふたりだけのヒミツだから……ねっ!」
「はっ、はいっ!! 墓まで持って行きます!!!」
「着ぐるみ達ぃ!!! 早々に撤収して下さーいっ!!!!」
おっと、どうやらお迎えが来たみたいだ。
というわけで、私は心優しきあられファンの温かさに触れた手で念願のアクスタを握りしめながら、ボロボロの着ぐるみやびしょ濡れの着ぐるみと共にスタッフルームへ連行されていくのであった。
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