#127.コーチ失格
私は、アイドルになりたかった。
動機は至って平凡で、画面の中で歌って踊る彼女達を前に、当時の私は子供ながらに感銘を受けた。
子供の掲げる無茶苦茶な将来の夢は、時が経つにつれて段々と私の人生の目標地点と変化していった。
起床直後から発声練習、食事制限は当たり前、週に4日ダンス教室に通い、空き時間は歌の練習と体力強化の為の走り込み、週末はアイドルオーディション……アイドルに全てを捧げた中高時代だった。
そして私は……ついに1つとしてアイドルオーディションに受かることなく、高校を卒業した。
アイドルという肩書きは、選ばれた者しか背負うことを許されない。
どのオーディション会場でも、右を見れば私より可愛い子、左を見れば私より歌が上手い子、前の子はダンスが上手くて、後ろの子はトーク力が抜群。いつまで経っても、私にスポットライトが当たることはなかった。
それからはアイドルを諦めて、大人数ダンスグループに加入。
昔からダンスは比較的得意であったので、そのダンスグループの中で上位に食い込む人気は得ていたものの、まずグループ自体があまり有名にならず、結局業界に何一つ爪痕を残すことなく、ステージ上の私は終わりを迎えた。
その後、私は教育側に転身し様々なアイドルの卵達を指導して、先月からはライバースというアイドルVTuberグループのコーチを任されることになった。
アイドルになれなかった私が、アイドルを教える。
正直、初めはモヤモヤを感じていたけれど、今は、自分の夢であったアイドルと関わることの出来るこの仕事に、私は誇りを持って取り組んでいる。
だからこそ、火火 すぴかには腹が立った。
ダンスには人の心が現れる。
今までの教え子達とは全く違う、自分がアイドルだという自覚も自信も誇りもない彼女の性質に、私は酷く嫌悪感を抱いた。
なぜそんな振る舞いをする?
なぜそんな顔をする?
あなたは選ばれた側なのに。
そしてある時、つい零れてしまった。
やりたくないならやらなきゃいい、という、嫉妬のような醜い感情が凝縮されてできたドロドロの言の葉が。
私はやりたくても出来なかった。どれだけ努力しても、夢は叶えられなかった。
でも、彼女は違う。
顔も可愛い。歌声も綺麗。ダンスのキレも抜群。
なのに、なぜ!?
何でそんなに自信がないの? 何で面白くないような顔をするの?
あなたは、私の夢だったアイドルが出来ているのに!
そう思うと、怒りという感情が湧き出てしまったのだ。コーチとしてではなく、1人のアイドルを目指して、そして夢破れた少女としての、怒り。
……そんな彼女のステージを見て思う。
今の彼女のダンスからは、しっかりとアイドルとしての気品が感じ取れる。でも、彼女をそうさせたのは、コーチの私ではない。
火火 すぴかが失踪した後、廊下を歩いているとふと鬼透 きういとすれ違った。
鼻歌を奏で、ご機嫌スキップで歩む彼女。その手には、数本のエナジードリンクが収納されたレジ袋が握られていた。
まるで、夜遅くまで作業する誰かに差し入れをするかのように。
私は思う。
火火 すぴかの覚醒は、私が導くべきものだったのではないか。
コーチという名称を持つ者こそが、教え子に道を教えてやるべきじゃなかったのか。
なのに私がやったのは、自らの感情に押し流され、相手の事情や気持ちを推し測ろうともせず、頭ごなしに決めつけて否定しただけだ。
そして、彼女が失踪してからの対応もとても稚拙なものだった。
そんなろくでなしコーチを、彼女達が信用してくれるはずがない。その証拠に、ステージで踊る彼女達の目には、私は一欠片も映っていない。
私はこのステージで、アイドルに関われてすらいなかったのだ。
後ですぴかさんの所に一緒に謝りにいきましょうね、という古本の言葉が、痛みを伴いながらジワジワと染みていった。
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第百二十七話読了ありがとうございます!
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