#126.青白く熱く光り輝く
「これは……勝負あったわね」
ルナはそう言うと、少し満足げな顔でブラックコーヒーを啜る。一方、怪訝な顔をした萩原はすかさずルナの発言の意図について聞き返した。
「勝負あったって……どういう意味ですか?」
「そのままの通り、すぴかがあられさんに勝利した、という意味です。
ほんの先程まで二人の輝きは同等で拮抗していましたが、今ではすぴかが一層輝きを増し、あられさんはすっかり霞んでしまっています。
これはすなわち、すぴかがあられさんとの主役を巡る戦いに勝利し、このステージを統一した、というわけです」
"輝き"という曖昧な概念に加え、あの臆病者の火火 すぴかが甘姫 あられに勝ったなどという妄言を放つルナに、萩原はより一層頭を悩ませながら、どうにか会話を繋げる。
「輝き、ですか……なるほど。では、鬼透 きういは?」
「彼女は初めから白旗を上げていますね。すぴかとあられさんはパフォーマンスに熱中して気づいていませんが。まぁ、二人とこれだけ戦力差があると、戦意喪失するのもわかりますが」
「戦力差、ですか? 甘姫 あられさんはまだしも、火火 すぴかが鬼透 きういに勝っていると?
鬼透 きういはあれでもライバース屈指の人気VTuberです。何事にも柔軟にこなせる対応力があり、独自の信念を持っています。
それに比べて火火 すぴかは人気も意思も脆弱。消極的で何事にも挑戦しようとせず、挙句の果てに逃亡してスタッフに迷惑をかける……そんな人間が、鬼透 きういを超えているなんて戯言──」
「萩原さん、言い過ぎですよ」
久しく口を開いた古本によって、萩原の発言は静止される。それを横目に笑顔をやや崩した古本は、厳しい口調で萩原に追撃する。
「それに、すぴかさんが何の理由もなしに逃げ出した訳では無いでしょう」
「……! 私が悪いって言いたいんですか!? そもそも、私に多少文句を言われた程度でへこたれるようでは──」
「萩原」
ルナの初めての呼び捨てに、萩原はピクリと止まる。
ルナは深く息を吸うと、萩原を諭すように言った。
「人を殺すのは、いつだって人の言葉よ」
重いその言葉に、萩原は何とも反論出来ずに目線を逸らして押し黙る。
でも、私だったら……!
そんな、声にならない心の奥底の言葉が、萩原の脳裏によぎって消える。
ルナはそれを感じ取ると、少し口調を和らげで萩原に語りかけた。
「萩原さん、星に"等星"という制度があるのはご存知ですよね? 夜空でより輝く、人々の目により光を届かせる、そんな星を階級で区分したものです」
それが何に関係あるのだろうか、と萩原は眉をひそめるが、ルナは構わずに話を続ける。
「また、星にはそれらの表面温度があります。これによって私達の目に届く星の色が変化して、夜空を様々に彩ってくれます。温度の低い順から、赤、オレンジ、黄、白──」
「……もう分かりましたから!火火 スピカには誠心誠意謝罪させて頂きますからっ!」
よく分からない話に痺れを切らした萩原は、無性に苛立ちながらその話を静止させる。が、ルナはそれに動じることもせず、何とも落ち着いた様子で次の言葉を放った。
「ライブも同じです」
「だからっ……え?」
「ライブも同じです。アイドルという恒星が、夜空というステージを彩り、それを私達が観察する。でしょう?」
「……でしょう、と言われましても……」
私は古本の方に視線を向けるが、彼女はルナの話を聞きながらうんうんと頷いている。それを見てふと、萩原は妙な孤独感と苛立ちを覚える。
お前の知らない世界がここにある、と、悪魔から愉快そうに囁かれた時のような、そんな苛立ちだ。
ルナは微笑みながら、萩原に語りかけてくる。
「それでは、おとめ座α星──スピカはどうでしょうか」
萩原はそこで気づく。ルナが一体、何を言いたいのか。
これは比喩だ。星は"アイドル"。光は"輝き"。表面温度は星の"熱意"
火火 すぴかと、おとめ座α星"スピカ"。
それらを並べた瞬間、まるでリンクしたかのように、脳の隅に乱雑に収納されていた記憶が呼び起こされる。
そういえば、ライブが始まった直後、火火 すぴかはどんな挨拶をしていた?
ライブ中の火火 すぴかの髪色は、一体どんな風に変化していた?
まるでその答え合わせをするかのように、ルナはニヤリとした表情でゆっくりと口を開いた。
「おとめ座α星"スピカ"は──表面温度約12,000℃、超高温で青白く光る"一等星"。
まさに……この夜空で最も輝く星でしょうね」




