#119.星乃 ルナは歓迎する
「お二人共、よくいらっしゃってくれました」
ライバー達がライブパフォーマンスに勤しんでいる中、星乃 ルナはとある別室にコーチの萩原と古本を呼び出していた。
会議室のような部屋で、デスクを挟んで対称に設置されたブラックチェアが複数並んでおり、壁には手頃な大きさのモニターが設けられている。
ルナは二人に着席を勧めるが、ずっとにこやかな表情の古本とは違って、萩原は何かを恐れているかのように、挙動不審な様子でゆっくりと腰を下ろした。
それもそのはず。
ルナは萩原と古本を呼び出す際、その要件を全く伝えていない。もうすぐコーチを退職する古本はまだしも、今月からライバースで働き始めた新人の萩原にとっては、この時期の社長からの呼び出しは、十分恐れ怯えるに足るものであった。
最悪の場合クビが飛ぶというのも、可能性としては捨てきれないのだ。
「まぁまぁ、そう緊張しないで下さい。そんな物騒な話ではありませんから」
「は、はい……」
まるで心を読んだかのように的確な言葉を投げるルナに、萩原はたじろぎながらもこくりと頷いた。
萩原が机上に用意されていたコーヒーを手に取ってちびちびと啜っていると、隣に座る古本が笑顔のまま話し出す。
「こうやってゆっくりとお話するのはいつぶりですかね? とても懐かしい気分になります」
「そうですね。古本さんには初期からライバースを支えていただきましたし。退職なさるのがとても寂しいです」
「母がもう歳で、面倒を見なければならなくなりまして。実家に帰って、パートでもやって生活していこうと思っています」
そうだったんですね、とルナは相槌を打つ。
古本は、ライバース設立当時からずっとライバーのコーチをつとめていた大ベテランだ。
たとえ裏方の存在とはいえ、何事にも仏のように優しく応対する彼女の性格に惹かれたライバー達が配信で彼女について話すことがよくあり、彼女の引退はライバーだけでなく多くのリスナー達にも悲しまれていた。
皆に愛されている優しいコーチ、それが古本。
そしてそれの真逆が、萩原である。
萩原は二人に気づかれないよう、はぁ……とため息をつく。
「古本さんから見て萩原さんはどうですか?」
きた……! と萩原はごくりと唾を飲む。
萩原はコーヒーを啜ってあたかも冷静であるふりをしつつ、チラっと古本の方に視線を向ける。
古本は萩原の視線を気にする素振りもなく、その笑顔を崩さないまま口を開いた。
「とても素晴らしいですよ。少し厳しい側面はありますが、それも彼女の特徴ですし、教え方もとても丁寧でお上手です。初めは苦手意識を持つ人もいるかもしれませんが、教わる側のやる気があれば、それを倍にして返す熱血さがありますから、すぐにみんな彼女を信頼するようになると思います」
案外の高評価に、萩原は驚きと嬉しさで危うくコーヒーを零しそうになる。
「なるほど。ではその期待の新人、萩原さんに聞きたいことがありまして」
「……! はい。なんでしょうか」
ルナがリモコンでモニターをつけると、突如凄まじい歓声が部屋に響き渡る。
ライバースサマーライブフェスの中継配信の映像らしい。丁度1日目最後の演目が始まるところだ。
「萩原さんがこのライブフェスで注目しているライバーは誰でしょうか」
「えぇと……やはり、次の演目に出演する甘姫 あられさんですかね。彼女は練習し始めてまだ1ヶ月程度なのに、プロのアイドルと引けを取らないぐらい格段に上達していますし、話題性もあります。ライブの演出も彼女が率先して行っていますし、ぽんこつとは思えないほどの有能さです」
「なるほど、確かにあられさんは練習熱心ですし、現在強烈に話題性を持っていますしね。あられさん目的でこのフェスに参加している人も多くいるようです。では、やはりあられさんのユニットが人気投票で1位を取ると?」
「いえ、それは無理だと思います」
萩原は今までにないくらいはっきりした声でそう答えた。
彼女はルナを真っ直ぐ見つめて話を続ける。
「あられさんは物凄い成長速度ですが、それでもやはり期間が短すぎます。それでもBEST3には入るかもしれませんが。ですが、1位は確実に無理でしょう」
「へぇ、それはどうしてですか?」
「いや……あなたのするライブの内容を知っていて、そう思う方がおかしいってものですよ」
その萩原の言葉にルナはニヤリと口角を上げると、それを誤魔化すようにモニターに顔を向けた。
「さぁ萩原さん、古本さん、そろそろ始まるようですよ……」
萩原は山場を超えたような感覚でふぅ……と一息つくと、視線をルナからモニターへ移動させた。
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