#117.彼女はアイドル
英雄、スター、カリスマ、レジェンド……
姿形を変えて発せられてきたこの言葉達だが、彼らの向く方角を線を引いて表してやれば、ある一点で交わることは容易に理解出来るだろう。
彼らはいつだって、その交点の上に立つ人間達をじっと見つめている。
異なる時代、異なる場所、異なる場面で生まれた彼らそれぞれの概念も、些細な違いはあれど根本は同じなのだ。
英雄とは何か。
スターとは何か。
カリスマとは何か。
"アイドル"とは何か。
辞書的な意味で言えば、人々を魅了する人間、という感じに治まる。
それでは、"魅了する"とは何か。こうなれば、この議論は終わりのないスパイラルに飲み込まれてしまう。
言葉とは、それほど便利なモノではない。
というよりまず、物事というのが多面的な性質を持つ以上、簡単に言い表せるものでは無いのであって、この物事にこの言葉、のように一体一で表現出来るものでは無いのだ。
では結局カリスマとは何なのか?
言葉とは、自身が持ち相手が持たない感覚や区分を相手に共有するための不完全な媒介に過ぎない。
ならその解を知る方法は至って単純なものだ。
その感覚を、いちいち回りくどい"言葉"というものに変換して伝えるなんて馬鹿馬鹿しい。
カリスマと対面してみれば良い。
目の前にしてみれば嫌というほどに分かるのだ。
思わず息を飲むほどの迫力。
無意識に口が開いてしまうほどの圧巻。
本能が見惚れるほどの存在感。
客観的な立場にある他者を自分の領域へ強引に引きずり込んで没入させる、自己中心的世界観を持つ者。
私がこの先どれだけ努力しても足を踏み入れることは出来ないかもしれない。そうまで感じさせるほどの、究極の領域。
そこに一人、すぴかは立っていた。
星乃 ルナを優に超える、圧倒的カリスマ性。
私はそれを全身に浴びて、歓喜と恐怖と敗北感を同時に味わう。
その場の誰かがまともに声を出せるようになったのは、すぴかがトイレから帰って来てから数十秒後のことだった。
きうい姉がその沈黙を破る。
「……うわぁあ〜っ! 見違えたね〜!! びっくりしたぁ、一瞬、全盛期のルナっちが来たのかと思っちゃったよお〜!」
「え……そ、そんな……それは、言い過ぎですよ」
話し方は以前と変わらず、別に性格がガラッと変わったわけでは無いらしい。
が、その瞳は以前とは違う。奥の方に揺らがぬ光を持っている。
その証拠として、私とすぴかが初めて会った時のように突然オーラが消え去るなんてこともない。今も尚ビリビリと伝わってくる。
「あれ、すぴすぴ〜! 今着てるのって、もしかしてアイドル衣装〜!? 可愛いねぇ〜!!」
きうい姉のその指摘で、私もすぴかの服装が変わっていることに気づく。先程までは普通な服装(勿論可愛いけれども)であったが、今はそれとは異なるものを身につけている。トイレで着替えたのだろうか。
「え、えへへ……下にはちゃんとタイツ着てますので……この服でも踊れます」
「いいねぇ〜アイドルっぽいねぇ〜」
「すぴかさん、それって……」
大量の時間を費やしてすぴかやウォルフ・ライエを分析した私なら分かる。
すぴかが今身にまとっている衣装は、ウォルフ・ライエのとあるライブでスピカが身につけていた衣装だ。恐らくは家に眠ってあったのだろう。
だが、問題はそこでは無い。すぴかとスピカでは体のサイズが違う。自分が身につけるとなると、サイズにあった衣装をまた別で製作するか、それとも元の衣装にハサミを入れて調整するしかない。
そして、すぴかはその後者をやってのけたのだろう。所々に編集の形跡が見られる。
「よかったんですか? だいじなものですよね?」
すぴかは、私が彼女のことをどれだけ知っているのか、明確には分かっていないはずだ。だが、あの動画を送ったことで多少の知識を得ていると踏んでいるのか、私のやや踏み込んだ発言にあまり驚かなかった。
「……良いんです。使わないままだと、衣装が可哀想ですし……調整している時、あられさんから貰ったマントがとても参考になりました……ありがとうございます」
そう言われて、いつか気絶したすぴかに黒マントを掛けて置いていったことを思い出す。
「あはは、お役にたててよかったです」
「……いえ、本当にあられさんのおかげです。色々……ありがとうございました……!」
「すぴかさん……えへへ、こちらこそ……!」
「うぅ〜"あらすぴ"てぇてぇ〜っ!! ……じゃなくてっ! ちょっとふたりとも〜ライブ目前なのに腑抜けてるんじゃないのぉ〜」
私達は敵でしょ? と挑発口調で問いかけるきうい姉に、私はニヤリと笑って答える。
「あんしんしてください。バチバチです!」
私だって、"すぴかさん良かったですね"なんて言って笑っていられるような、そんなお人好しじゃない。
すぴかを助けたのは、あくまで投票で1位を取るために必要だったからだ。
そして、もちろん他のユニットに負けたくないという気持ちも強いが、それ以上にこの二人には絶対に負けたくない。
ライブは戦。ステージに圧倒的に輝く人間が降臨した時、観客の目はその人間に奪われ、他の人間は霞んでしまう。
要は、一番輝いた人間が手柄を総取りし、他は敗北者という自身の醜態を世に晒すだけなのだ。
負けられない! 勝ちたい!!
私の内なる闘志がメラメラと燃えてくる。
その気を感じ取ったのか、きうい姉は満足そうに頷いた。
「ぃよしっ! リハ行くかぁっ!!!」
そのキウイ姉の掛け声で、私達は同時に足を踏み出した。
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