#116.すぴかは覚醒する
「はぁ……」
私は木製の硬い椅子に腰を下ろした状態で、スマホ画面に大きく映るレインボーアフロ達をじっと見つめて、思わず頭を抱えた。
彼女らの辞書に身バレという言葉は載っていないのだろうか。
それに一体何なのだ、この統一感のないコスプレは……
まあ、コメント欄もサイコーな気分になっていてそうそう気づかれることはなさそうであるし、放っておこう。
今の私は、この知人の身バレ危機を軽く振り払えてしまえるほど、重大な試練が目の前に迫ってきているのだ。
「あられちゃん、リハ始まるよ〜」
きうい姉の呼びかけで私は席を立つ。
私達の出番はまだまだ先であるが、完璧なパフォーマンスをする為にはリハーサルを入念にやっておく必要がある。
と、きうい姉が突然ニヤニヤした顔でこちらを見てくる。
「あられちゃ〜〜〜ん♡ 結構スレンダーな体型、してるんだねぇ♡」
「あぁ……まじで気持ち悪い。普通にセクハラですよ?」
まあそんなことだろうと思ってはいたが……
実を言うと、私ときうい姉は今、何とも滑稽な全身ピチピチタイツ姿になっている。
3Dライブ。
VTuberのライブというと大半がこれを指すのだが、3Dライブとはその名の通り、三次元で歌って踊ることを言う。
まず、VTuberには大きく分けて二つのモデルがある。
平面的に製作された2Dモデルと、立体的に製作された3Dモデルだ。
2Dモデルは、現在のVTuberの典型となっているモデルであり、イラストを自身の動きにリンクさせたものだ。
比較的安価(ただしまともなものを作るとすれば最低でも2桁万円はかかる)であるし、使い勝手が良い。PCに求められるスペックも低めであり、大掛かりな機材を必要とすることもない為自宅で手軽に使用出来る。あ、後は特殊な服装をする必要もない。
ただし、あくまでイラストを動かしているに過ぎないので平面的であるし、可動域も限られている。
それに対して3Dモデルは、一昔前に主流であったモデルスタイルである。
3Dモデルを使用することでのメリットは、自身の動きを正確に読み取れることである。
激しいダンスからちょっとした仕草、椅子に座った際の姿勢や足の開き方まで、全ての動きが極めて正確に反映される。
それにより、平面的な2Dモデルに比べて個性を出しやすくなったり、運動やダンスのような現実チックなことをバーチャルを通して発信することが出来たりするようになるのだ。
ただし、3Dモデルはそれ以外のデメリットが非常に大きく、高額な製作費、求められるPCスペックの高さ、高額な専用機材、スタジオ、服装などなど……挙げていけばキリが無い。
と、これら双方の点を考慮して、現在のVTuberは、2Dモデルを活動の軸にして、何かを祝う時や大掛かりな企画を行う時にのみ3Dモデルを使用する、といったスタイルに落ち着いている。
やや話が逸れたが、今回私達が使用するのは勿論3Dモデルの方である。
3Dモデルの動作では、現実世界の動きを正確に仮想世界に反映させる技術が必要になる。それが、モーションキャプチャという技術だ。
そして、私達はモーションキャプチャを駆使するにあたって、このセンサー付き全身ピチピチタイツを身につけて動かねばならないのである。
だがこれ……正直、結構恥ずかしい。
かなり身体のラインが出るので、スタジオでスタッフに見られているとどうしても羞恥心が生まれてしまう。
ちなみに、そんな悩みを解決すべく、ライバース開発のこの全身ピチピチタイツは、服の下からでも上手く機能するようになっており、インナーのようにして着ることができるらしいのだが……タイツ姿がとてつもなく踊りやすいのでこの姿を甘んじて受け入れているのだ。
それにしても……
私はチラッと、きうい姉のタイツ姿を眺める。
……引き締まった体してるなぁ……
VTuberとは現実の姿が一切反映されない稀有な活動者だ。たとえ髪が寝起きでボサボサでも、すっぴん姿でも、なんの気兼ねもなく配信できる。
その為、現実でどれだけだらしない生活をしても、活動に影響することはほとんどないのだ。
が、それに反して、私が会ったVTuberとして活動している人達は、可愛い人が多い。食事制限や運動などもしっかりと気をつかっている人が多い印象だ。
あれだけ暴飲酒しているきうい姉でさえ、ひとたびタイツを着用すれば、その豊満で引き締まったボディがあらわになるのだ。恐ろしい業界である。
「あれ? きういさん、そういえばすぴかさんは?」
すぴかの件については、あの後期日以内にすぴかが事務所に顔を出したことで、ライブは無事予定通り出演することになった。
久々に会ったすぴかは相変わらずの陰気な性格であったが、少し明るくなっているような気もした。
一番驚いたのはその後の練習で……と、これはライブのお楽しみとしておこう。
そういうわけなのだが、何故かすぴかの姿が見当たらない。
きうい姉は首を傾げる。
「さっきトイレに行くって言ってたけどぉ……そこから帰ってきてないね〜」
「え! そうなんですか!?」
まさか、あまりの緊張で体調を崩したのだろうか……いや、もしや怖くなって逃げ出したとか……
「おまたせ」
フッと空気が変わる。
その声を聞いた瞬間、聴覚が強制的に研ぎ澄まされる。まるで、彼女の声をもっと聞きたい、一文字も聞き逃したくない、と願っているかのように。
その姿を見た瞬間、瞬きが出来なくなる。まるで、彼女の姿をこの目に焼き付けたい、一分一秒でも長く眺めていたい、と懇願しているかのように。
私はゴクリと固唾を飲み込む。
それは、練習の時とは比べ物にならないほどの、研磨されたオーラ。
私は今、強烈な才能──溢れ出るカリスマ性を全身に浴びせられている。
……とんでもない怪物を、起こしてしまったのかもしれない。
「あられさん、きうい先輩。最高のライブにしましょう……!」
【火火 すぴか 覚醒】
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