#113.画面に映るその像は
「おかしいな……マネージャーさんからのは通知オフにしてるはずだし……同期から、かな……?」
私は少し手を伸ばしては躊躇ってを繰り返して、かなりの時間をかけてやっとのことでスマホを手に取った。
ロック画面に表示されている通知のタスクには、"甘姫 あられ が動画を送信しました"と書かれている。
私はふと地下アイドルの展示会の事を思い出す。
そういえばあの後、解散する前に連絡先を交換したんだっけ……
ただでさえ友達の少ない私だ。
あられさんから"連絡先を交換しよう"と言われて飛び上がる程嬉しかったものの、その当日のお礼のメッセージから一切連絡が来ることなく、建前上のものだったのだろう……と勝手に期待して勝手に落胆したのを覚えている。
そう思いつつ、自分から連絡を送る勇気すら出ない……はぁ、自分で自分が嫌になる……
私はため息をつきながら、彼女からの連絡画面を開いた。
そこには、直前のメッセージから随分と日が空いてポツンと孤立した1分程の動画があった。
サムネイルは真っ暗で、何の動画か想像もつかない。
……もしかして……コーチの説教動画……? うぅ……今そんなの見たらもう立ち直れない気がする……
私は思わずホーム画面にバックしそうになるが、動画への興味が僅かに勝利して何とか踏みとどまる。
「……勇気を出すんだ、私っ……!」
私は自分で自分の背中を押し、その動画の再生ボタンを押した。
『ワァァァァァ!!!』
途端、スマホのスピーカーから流れる歓声。
その音に、私は自然と懐かしさを覚える。
……この音を、私は知っている。
幼い頃、大好きで、気持ち良くて、何百回……いや、何千回と聞いたこの歓声。
少年から主婦、赤ちゃんから老人まで、その会場に足を運んだ全ての人間が一斉に声を出すことで生まれる、アイドルの結晶。
「……ひっ!」
画面が切り替わってスピカの顔が拡大されたその瞬間、私は思わず画面から顔を背けてしまう。
この映像は、アイドルグループ"ウォルフ・ライエ"のライブシーンの一部のようだった。
あの日から見ることが出来なくなった、母の生き様だ。
意を決して真正面から見ることも出来ず、かといって動画を止めることも出来ない私は、顔を背けながら横目で動画を見る状態に落ち着いた。
切り抜かれたシーンは何らかの曲中という訳ではなく、曲と曲の間のいわゆるMCパートであった。
ウォルフ・ライエはタイミングによってMCで誰が話すかはまちまちであるが、今回はスピカが担当しているらしい。
歓声が止むと、ステージの中央に立ったスピカがマイクを口に近づけた。
『みんなは、アイドルって何か考えたことはありますか?』
その言葉に、私は思わず目を見開く。
『アイドルの定義って、人によって様々だと思うんです。歌って踊れる可愛い人、自然と人の目を奪う人……私はそれが、"誰かの光になれる人"でした』
私と……一緒だ。
……って、憧れてるんだから当たり前か。
『でね、この前、考えてたんです。私はいつからアイドルになったんだろって。オーディションに受かった時かな? 初めてライブステージに立った時かな? それとも、ファンの皆と握手したその瞬間かな?』
彼女は人差し指をあちらこちらに指して、可愛く表情を変えてみせる。
『でも……どれも違ったんです。私はこうやってステージに立つ前も、今と同じ"誰かの光になりたい"って思いで生きてきました。
私は物心がついた時からアイドルに憧れて、アイドルを目指してました。でも、ステージに立っても"ココ"にある気持ちはずっと変わらなくて。
だから、多分……今の私がアイドルなら、私は生まれた時からアイドルだったと思うんです』
彼女は左手を胸に当てて真剣な顔持ちをする。
彼女の話が進むにつれ、私の顔は自然と画面の方に向いていった。
これを見ている私は、ファンとしての私なのか。娘としての私なのか。それとも……
『あーえと……何が言いたいかって言うと……今、きっと、私と同じようにアイドルに憧れて、でも諦めちゃったり、勇気が出なかったりする子がいると思うんです』
アイドルに憧れる、ありきたりな少女としての私なのか。
『私なんかがアイドルになれっこない、って。やっぱり私には無理なんだ、って。でもそういう子に私は伝えたい。私達は、生まれた時からアイドルなんだから』
私の目はもう、真っ直ぐに彼女の姿を捉えている。
彼女の姿を、偶像を。
その像は、画面の向こう側であるはずの、時間も空間もかけ離れているはずの私と目を合わせて、ニコリと笑った。
『君は、正真正銘最っ高のアイドルだよ! って!』
「…………っ!!!!!!」
……私は、その言葉をずっと探していたのかもしれない。
自分と、ステージで輝く彼女との差が激し過ぎて、いつしか彼女を褒め称えるのではなく、自分はアイドルなんかじゃないと卑下するように考えが変わっていった。
でも、きっと。
心の底で、私は。
自分を、認めてあげたかった。
暗くなったスマホの画面に映る、大粒の涙を流す少女を、私の目は捉えている。
彼女の姿を。
その像は両手で必死に涙を拭うと、先程まで映っていた彼女の姿と同じ表情を見せた。
私は……
アイドルだ!!!!!!
最近一話の文量長めになっちゃってます! すみません!
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第百十三話読了ありがとうございます!
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