ティアラを投げ捨てて
初投稿です。
どうぞ宜しくお願いします。
「お父さまぁ〜、フリージアはね〜、アルフレッドさまとね〜、結婚したいのぉ〜」
扉の向こうから妹の第二王女フリージアの間延びした甘ったるい声が聞こえて来て、この国の王太女である第一王女のローズマリーは部屋に入ろうとしたその足を止めた。
筆頭公爵家の嫡男であるアルフレッド・マセラティは、他ならぬローズマリーの婚約者である。
結果は見えていると思いながらも続きを聞こうと耳をそば立てたが、夜会の準備が整ったと侍従が父王達に声を掛けたため、父王の返答を聞くことは出来なかった。
「殿下?」
呼ばれて振り向けば、アルフレッドが怪訝な顔をしてすぐ後ろに立っていた。
「何かありましたか?」
問うアルフレッドに微笑んで軽く首を振ると、
「行きましょう」
とローズマリーは婚約者にエスコートを求めた。
◇◇◇◇◇
「皆のもの、今宵は第二王女の成人の祝いによく集まってくれた」
国の窮地を救い太陽王とも称されるフリードリヒ王が、夜会の最初に挨拶を始めた。
だが和やかに始まると思われたその夜会は、引き続き紡がれた王の言葉で騒然とすることになる。
ただ一人王の言葉を予想していたローズマリーを除いては…。
「第二王女も成人を迎え、病弱だった身体も随分と健康になった。よって今この時を以て、第一王女の王太女の地位を剥奪し、第二王女フリージアをその地位に就ける。またそれに伴い、第一王女とアルフレッド・マセラティとの婚約を破棄し、新王太女とアルフレッド・マセラティとの婚約を締結する」
「わぁ〜、お父さま、有難うございます〜。フリージアは王太女として、アルフレッドさまと一緒に頑張りますわ〜!」
フリージアが満面の笑みで歓声を上げた。
この国の王は亡き王妃に瓜二つで金髪碧眼の天使とみまごう第二王女を溺愛し、王の母である先代王妃に似た茶色い髪と焦茶の瞳で十人並みの容姿しか持たない第一王女を毛嫌いしている…と言うのが、王宮に勤める者達の共通認識だった。
けれどもまさか、今まで王太女として大きな瑕疵もなく真摯に政務を熟して来た第一王女の代わりに、病弱を言い訳に高位貴族の子女達との頻繁なお茶会以外は何もして来なかった第二王女を王太女の地位に就けるとは…。
夜会の空気がざわついたことにも構わず、王が言葉を続ける。
「第一王女には新王太女の補佐として、今まで通り政務を行って貰う。ローズマリー、良いな?」
その場にいた全員の視線が向けられた時、ローズマリーは小刻みに震えて俯いていた。
「早く返事をしろ!」
フリードリヒ王の声が険を帯びる。
ローズマリーは俯いていた顔を上げて、キッと父王を睨みつけた。
その時アルフレッドの気配がすぐ後ろに近付いて来ていたことに気付いたが、自分を殺すのはこの男なのかとちらりと思っただけで、ローズマリーは振り返ることもせずただ真っ直ぐに父王を見上げた。
そして一瞬の間を置いてから、勢いよく頭に載せられた銀色に輝くティアラを毟り取ると、並んで立つ父王と妹姫の足元に思いっきり叩き付けた。
「な、何をする?!」
「お断りだわ。その馬鹿娘の補佐なんて、死んでもするものですか」
透き通ったローズマリーの声が会場に響く。
「き、貴様!」
フリードリヒ王の顔が怒りで赤く染まった。
先程震えて俯いていたローズマリーは、今はしっかりと顔を上げて悠然と微笑みまで浮かべていた。
◇◇◇◇◇
「それより、お父さま? どうして直ぐに新王太女殿下をお叩きにならないの?」
小首を傾げてローズマリーが問うた。
ローズマリーの言葉の意味を誰も掴めず、その場の者達はみな怪訝な顔をした。
「あら、前王太女は8歳の時、おやすみなさいを言いたくて『お父さま』とお声を掛けたら、『陛下と呼べ! 一瞬たりとも王太女としての立ち振る舞いを忘れるんじゃない!』って殴り飛ばされたわ。それから9年、今の今までお父さまとお呼びしたことはないのだけれど、成人まで迎えた新王太女殿下がそのお立場を忘れて、陛下ではなくお父さまとお呼びになるのはお叱りにはならないのかしら? それともあれはただ、その夜第二王女の体調が悪かったから、近くに居た8歳のわたくしに八つ当たりをなさっただけとでも?」
スッと目を細めてローズマリーはフリードリヒ王を睨みつけた。
「お、お父さまぁ…」
情け無い声を出してフリージアがフリードリヒ王にしがみつく。
フリードリヒ王は、ぐぐぐと拳を握りしめてローズマリーを睨みつけた。
◇◇◇◇◇
「衛兵!」
フリードリヒ王が声を上げた。
「あら、そうよね、同じことをしてしまっても、8歳の前王太女と既に成人している新王太女殿下とが同じ罰である筈ないですわね?」
ふふふと微笑むローズマリーを指差し、
「お前だ、お前! 衛兵、この娘を捕らえろ!」
フリードリヒ王が叫んだ。
けれども衛兵達を含めその場の誰も動くことが出来ずにいた。
「あら、自室軟禁? それとも地下牢幽閉かしら? どちらも経験済みだから、今回は新王太女殿下にお譲りするわ。姉のものなら何でも欲しがる妹だもの、その罰だってお望みでしょう?」
いくら父王に疎まれている王女と言えど、地下牢という言葉まで飛び出して周りの者達はギョッとするが、王も第一王女もお互い睨み合うだけで周りのことなど見ていない。
「馬鹿なことを申すな! 心優しいフリージアが、そのようなことをする訳がなかろう!」
「はっ!」
ローズマリーが短く笑い声を上げた。
「初めて自室に軟禁されたのは、わたくしが11歳、フリージアが9歳の時だったわね。いい加減して良いことと、してはいけないことの区別くらいつきそうな歳だと言うのに、あの日もフリージアはわたくしの部屋に勝手に入って、大事に大事に隠してあったペンダントを欲しがった。お母さまが最後にくださった大切な大切なペンダントだったのに、自分だって色違いの同じペンダントをお母さまから頂いていたくせに…。はめられたダイヤの色は、フリージアのはピンク、わたくしのはブルー。いつもピンクばかりを好むのに、あの日だけは『青が良いの、お姉さまばかり狡いわ』と譲らなかった。『他の物なら何でも上げるから、これだけは取らないで』とお願いしたら、大泣きし始めたわね。そうしたら案の定、陛下が駆けつけて来て先ずはわたくしを殴りつけてから『お前には妹に対する優しさがないのか?』って怒鳴られて…。そしてわたくしは、ペンダントも取り上げられて、三日間自室に閉じ込められたわ。食事は一日一回差し入れられるパンとスープだけ。侍女すら部屋に入って来ることも無く、入浴も無し、部屋の明かりさえも無い。11歳のわたくしは、三日間真っ暗な部屋のベッドの中で丸まって、泣きながら震えていることしか出来なかった」
ローズマリーの顔は笑んでいるのに、その瞳は憎しみに染まっている。
「三日後部屋から出されたわたくしは、そのままの足でフリージアの部屋へ呼び出されたわ。そしてお母さまがくださったペンダントよりも、更に豪華なピンクのダイヤがはまった真新しいペンダントを見せつけられたの。『お父さまがくださったのよ〜』と言ったフリージアの、その時の得意顔ときたら…。おまけに見せびらかすだけ見せびらかしたら『それにしてもお姉さま、なんだか臭うわ。淑女として失格なのではなくて?』とフリージアは曰ったのよ。でも何より許せないのは、部屋の隅のゴミ箱にお母さまがくださった青いわたくしのペンダントが半分壊されて捨てられていたこと…」
ローズマリーはドレスの隠しポケットから、小さな壊れたペンダントを大事そうに取り出して両手の上に乗せ、そして一粒涙を零した。
「そして今度は、わたくしの地位と婚約者を欲しがったって訳ね。また直ぐに壊して、ゴミ箱に捨てるのかしら?」
「フ、フリージアは、心の底から、本当に、アルフレッドさまを、あ、愛しているのですわ!」
「成人までして、一体いつまで自分のことを名前で呼ぶの?」
ローズマリーは冷笑を浮かべた。
「っ!」
「まぁ、貴女がどれだけ愚かだろうと、王太女の地位も婚約者も、どれもこれもどうでも良いことだけれど…」
一瞬背後の空気が凍ったような気がしたが、特に注意も払わずローズマリーはフリージアに言葉を続けた。
「欲しければ何でも奪えば良いわ。小さな頃からずっとそうされて来たんだもの、今更一つや二つ、それが増えたところで変わりはないわ。でもね、この後も貴女のために働かなくっちゃいけないって言うのは別の話でしょう? 冗談も大概にして頂戴。今まで何の勉強もして来なかったのですもの、王太女として女王として結局上手く出来なくて、この国が滅びる時、ご自分でその責任を取ってくださいね。あぁ、そうね、大丈夫よ、フリージア。今までわたくしを国王のスケープゴートとして捧げて来た臣下の皆さま方も、フリージアと一緒にこの国を支え、万一の時は一緒に滅んでくださるから」
ローズマリーは微笑み、貴族達の顔は揃って青白い。
あからさまなローズマリーの皮肉に反応する余裕も無く、フリージアが王位に就いた後のこの国の未来に恐れ慄いた。
女王の馬鹿さ加減はどの程度まで、許容して支え続けることが出来るのだろう。
◇◇◇◇◇
「そもそも、婚約解消と王太女の地位の返上を申し出て来たのは、お主のほうではないか」
フリードリヒ王の発言に、また会場の空気が変わる。
「あらまぁ、わたくしの言葉などお父さまの耳を素通りするだけなのかと思っておりましたが、三年半も前のお話を覚えていてくださったとは光栄ですわね」
これっぽっちも光栄などとは思っていない声音でローズマリーは続ける。
三年半前と言う言葉に、一部の高位貴族達の顔色が変わった。
「殆ど虐待と言っていい態度の父王、何でも欲しがる妹姫、自身の剣の腕の上達にしか興味のない婚約者、国王へのお追従代わりに妹姫を煽て姉姫を貶す臣下達…。そんな中でただ一人だけわたくしを気遣ってくれた貴公子に恋をしたわ。仮令その優しさが同情によるものだったとしても、心の底から嬉しかった。報われなくていい、たった一言お慕いしていますと伝えたかった。けれども婚約者のいる身でそんなことは出来ないから、だから陛下にアルフレッドとの婚約解消を願い出たわ。アルフレッドを王配にと望むマセラティ公爵家のご意向もあるでしょうから、フリージアを女王に、アルフレッドを王配に。それだったらわたくしは陰でフリージアを支えますからと」
やはり、と三年半前の事件を知る高位貴族達の顔が絶望に染まっていく。
「王太女を降りて婚約も解消したい本当の理由など言える訳がない。あの方にどんなご迷惑が掛かるやも知れないもの。いつも陛下から不出来だと叱責を受ける自分には、もうこれ以上王太女の重責に耐えられないからと、そういう理由を付けたのに!」
先程から浮かべていた形だけの笑みは、ローズマリーの顔からすっかり消えていた。
「『愚か者!』そう一声怒鳴って、陛下はその腰の剣の鞘でわたくしを打ち据えた。それから衛兵を呼んでわたくしを地下牢に一週間閉じ込めた。食事は一日一回、硬いパンが一個とコップ一杯の水だけ。でも食べることは出来なかった。陛下に打ち据えられた左腕が腫れ上がって、熱が上がり、寒くて寒くてガタガタ震えながら、冷たい石の床に転がっていた。このまま死ぬのかなと本気で思ったけれど、あの方のお顔を遠くからでも良い、あと一目だけ見たいとそう思って、コップの水を少しずつ舐めて、何とか生き延びたわ。そんな努力、しなければ良かった。本当の地獄はその後に待っていたわ!」
ローズマリーの悲鳴のような声を聞いて、幾人かの高位貴族が膝を突き頭を床に擦り付けた。
事情を知らない低位の貴族達は、オロオロと周りを窺っている。
でもローズマリーはそちらに視線すら向けない。
「成人前の王太女の獄中死などという大醜聞を、他国や臣下達に知られるのが面倒だったからかも知れない。二人の娘達を守ると亡き王妃に約束させられていたから、少なくとも獄中死はさせられなかったからなのかも知れない。理由は何であれ、一週間後ボロボロになったわたくしは地下牢から出されて、そしてそれまで名前どころか話題にさえ出さなかったあの方が国境の最前線に行かされたと教えられた」
この国と隣国はどちらも古からある大国で、当然のように仲が悪く、戦禍の大小は移ろっても、ずっと戦争を続けている。
先王の時代はかなりこちらが劣勢で、あわや王都陥落かというくらいまで追い詰められていた。
それを即位後十年足らずで挽回したのが現王フリードリヒだった。
いずれ隣国を併合してみせると豪語するこの国の王は、それを唯一の愛娘にでも捧げる積もりなのだろう。
「泣いて謝って何でも言う通りにするから命令を撤回してくださいと懇願しても、貴方は冷たい一瞥をくれただけで返事もしなかった」
もはや父とも陛下とも呼びはしない。
「そして三ヶ月後あの方の訃報が届いた。あの方は文官だったのに、幼い頃の馬車の事故で軽く脚を引き摺ってさえいたのに、貴方はあの方を死地に追いやった!」
その言葉で周りの者達の脳裏に、三年と少し前に戦死した青年の、いつも穏やかに微笑む姿が浮かんだ。
怜悧で明晰なる頭脳と思いやり深い態度を併せ持つ、宰相の一人息子のジェイムズ・ベントレー。
彼と第一王女の間にあった事情を、その時誰もがおおよそ悟ったのだった。
◇◇◇◇◇
「そうとも、お前などあの時死んでしまえば良かったのだ。いいや、そもそも生まれてなど来なければ良かったのだ!」
何故実の父親にそこまで憎まれるのか分からなかったが、ローズマリーにとって最早そんなことはどうでも良かった。
身じろぎもせず父王を睨み続けるローズマリーに、フリードリヒは徐ろに腰に佩いた剣を抜いて、そして素早く切り掛かった。
誰もがローズマリーの最後に怯えて目を背けた時、キンという金属同士がぶつかり合う音がして、その後に弾き飛ばされた剣が床に落ちる音が続いた。
ローズマリーを庇うようにフリードリヒ王の前に立っているのは、先程までローズマリーの後ろに控えていたアルフレッドだった。
フリードリヒ王は左手で右腕を押さえ、憎々しげな顔でローズマリーとアルフレッドを睨んでいる。
アルフレッドがローズマリーを庇い、フリードリヒ王の剣を弾き飛ばしたのは明らかだった。
「え? どうして?」
おそらくこの中で一番びっくりした顔をしているのは、ローズマリーだったであろう。
国王がそう命じたのであれば即座にローズマリーの命を狩るためだけに、今この会場でアルフレッドは自分の後ろに立っているのだとローズマリーは思っていた。
「どうしても何も、私は貴女の婚約者でしょう?」
ローズマリーを背に庇ってフリードリヒ王に対峙したままアルフレッドが答える。
「何を今更…」
背後からアルフレッドに掛けられたローズマリーの声は、命の恩人に対するものとはとても思えないほど冷たくて絶望に満ちていた。
「わたくしはね、その男の手にかかって天国にいるあの方に一言だけでも謝りに行きたいの。分かっているわ。あの方を死に追いやったそもそもの元凶はわたくしなのですもの、仮令一瞬たりとも天国になんて行けないかも知れない。それでも、それでも今のわたくしには、それしか望みが無いのよ」
ローズマリーは悲哀に満ちた表情で、その頬を流れる涙を拭おうともしなかった。
◇◇◇◇◇
「そんな願いは叶えて頂く訳には参りませんなぁ」
どこか飄々とした、人をくったような声がローズマリーに掛けられた。
この男の喋り方はいつもこうだ。
「ベントレー侯爵?」
ジェイムズの父ベントレー侯爵がゆっくりとローズマリーの前まで歩み寄って来た。
フリードリヒ王のことなど、まるきり無視である。
「殿下、何か誤解なさっておいでのようですが、息子が死んだのは決して貴女のせいではありません」
貴女なんかの為に息子が死んだなんて思われるのは業腹だ、何を思い上がっているんだと、そう言われた気がして、でもその通りだと思って、ローズマリーは静かにベントレー侯爵に頭を下げた。
「違いますよ、殿下。どうかお顔をお上げください。息子はね、愛する貴女の御心を守るために出征したんです。勿論私は止めましたとも。『殿下の一方的な想いで迷惑していると、そう陛下に言って今さえ凌げば、いずれ殿下が女王になられる日が来る。殿下が全ての権力を握られた時に、お前の想いを改めて殿下にお伝えすれば良い。なのにお前は、その前に死んでしまう積もりなのか?』 そう言った私に、ジェイムズは心底軽蔑した表情を見せました。『一体いつまで王家の闇を、殿下お一人に負わせるお積りですか?』 真っ直ぐな瞳でそう問われて、私は答えることが出来ませんでした」
ベントレー侯爵の顔には、深い深い悲しみと後悔の念が刻まれていた。
「少しの間を置いてジェイムズは、表情をいつもの穏やかなものに戻して続けました。『父上、確かに今ここで修道院にでも入って陛下に絶対服従の態度でも示せば、自分の命は保証されるかも知れません。ベントレー侯爵家にも、大きなお咎めは無いでしょう。でもそうしたら殿下の御心はどうなるのでしょう?』 息子は殿下のことを思い出していたのでしょう、薄く悲しげに微笑んでいました。『ご安心ください、父上。殿下御自身のせいでこのジェイムズが死んだなどと、殿下の御心を痛めるようなことは決して致しません。殿下と自分の結婚を陛下が無碍に却下出来なくなるくらいの武功を上げて、必ず戻って参ります』 そう笑って息子は出征して行きました」
ベントレー侯爵は、姿勢を戻し侯爵を見つめて話を聞いていたローズマリーに優しく微笑んでから、今度は侯爵の方が頭を下げた。
「お許しください、殿下。私は息子の言葉を殿下にお伝えしたかった。ですがいつも誰かしらの目があって、殿下にお伝えする機会を見つけることが叶わなかった。そしてあっという間に三ヶ月が過ぎ、息子は冷たい骸となって帰って来ました。その時になって漸く私は、『王家の闇』いいえ『国王フリードリヒの闇』を殿下お一人に背負わせ続けて来た私自身の罪を、初めて真の意味で理解したのです。今更私が殿下に何を申し上げることが出来たでしょう」
もう一度深く頭を下げてから自分の頬を伝う涙を手の甲で乱暴に拭うと、ベントレー侯爵は国王フリードリヒの方へ向き直ったのだった。
◇◇◇◇◇
アルフレッドに自身の剣を跳ね飛ばされてから、フリードリヒ王はその時のままの体勢と憎悪に満ちた表情で、ローズマリーとベントレー侯爵のやり取りを睨み付けていた。
その王にベントレー侯爵は淡々と告げる。
「脚に障害があっても、その知略で以て戦争を勝利に導くことも出来ると、息子は少しずつ戦地で証明しつつありました。『お偉いさん家のモヤシ息子が最前線に死にに来やがった』 そんな周りの冷ややかな目を、三ヶ月掛けてほんの少し変えさせることが出来た頃、隣国の夜襲に遭い息子は殺されました。でも夜襲に紛れて息子を刺し殺した真犯人は、息子と一緒に赴任して行った男でした」
またどよっと空気が揺れた。
でも誰も声は発さない。
「そもそもその敵の夜襲自体が息子の立てた作戦の一部だったのです。偽情報で敵の夜襲部隊を自軍の砦に誘き出し殲滅しました。その作戦のさなかに、むざむざ敵にやられることなどありましょうか」
ベントレー侯爵は口惜しげに、一瞬目を瞑ってから続けた。
「息子を刺し殺した男は、陛下の息の掛かった男でした。その男は、王都へと帰還した夜に、ええ、きっと本当にたまたまその夜に殺されました。強盗が家に押し入って、一家皆殺しの憂き目に遭ったのです。数日後私の手元に、どういった経緯で無事に届けられたかは分かりませんが、その男からの手紙が届きました。『妻子を人質に取られて他にどうしようもなかった』 手紙にはただ一行、そう綴られていました」
ざわりざわりと空気が揺れる。
瀕死のこの国を救い、きっと遠からず何百年と続いて来た隣国との戦争を完全勝利に導くであろう国王フリードリヒ。
太陽王と崇め称える自分達の王が、何か得体の知れないものに思えて来て、その場の貴族達はジリジリと後ずさった。
一方のローズマリーといえば、『いつも穏やかに微笑むジェイムズと飄々とした態度で周りをけむにまく宰相は、余り似ていない親子と言われているようですが、耳の形がそっくりですね』と場違いなことを考えていた。
初めて愛した人の死が、戦死ではなく自身の父の差し金による暗殺だっだと知らされて、自己防衛反応による現実逃避だったのだろう。
でもそんな時間も長くは続かなかった。
◇◇◇◇◇
「はははははは!」
響き渡ったのはフリードリヒ王の哄笑だった。
「馬鹿馬鹿しい。その娘にも、侯爵の死んだ息子にも、何の価値もなかろうに。可愛い可愛いフリージア。世界の全てはお前のものだ」
フリードリヒ王は蕩けるような笑みを浮かべて第二王女を抱きしめた。
第二王女フリージアは、青白い顔でガタガタ震えながら無力に父王の腕の中にいた。
「狂ってる…」
呟いたのは誰だっただろう。
心の中では誰もが同じことを思っていた。
「王妃陛下はもう居られないのに、本当に醜い執着心ですね」
そう言いながらフリードリヒ王の前に進み出たのは、マセラティ公爵だった。
アルフレッドの父親である。
「捕らえよ」
短く命令を発したのは、国王ではなく、筆頭公爵の方だった。
国王が第一王女の捕縛命令を出した時には誰一人動かなかった衛兵達が、今度はすかさず動いてフリードリヒ王と第二王女を取り押さえ縄を掛けた。
「何をする! 不敬だぞ!」
フリードリヒ王が怒鳴るが答える者はない。
◇◇◇◇◇
「陛下、全ては貴方の王妃陛下に対する執着から始まった。そうでしょう?」
この国の筆頭公爵の言葉は重く会場中に響き渡る。
「貴方は妻に執着し、王妃教育のためだと妻を呼び出す御自身の母である先代王妃陛下を憎んだ。自分と妻との時間が減るからと、まるで駄々っ子のような理由で。そして先代王妃陛下の薨去後、その憎しみは形を変えて、同じ髪と目の色を持つローズマリー第一王女殿下に向けられた」
誰も彼も息を詰めるように公爵の言葉を聞いている。
取り押さえられているフリードリヒ王とて、それは一緒だった。
「人格破綻者だろうが何だろうが、貴方は極めて有能だった。そして王妃陛下は慈悲深く聡明でいらっしゃった。貴方の執着心を利用して、その笑顔一つで、貴方に敗戦寸前の戦局を覆させ、国内の復興に尽力させた。王女殿下方にも、曲がりなりにも平等な良き父親として振る舞わせた。僅かな時間良き父親として振る舞えば、その後愛する妻がたっぷり自分を労ってくれる。躾けられた犬の如く、貴方は王妃陛下の手のひらの上で転がされた」
当時を知る重臣達は苦い顔をして唇を噛んでいた。
「王妃陛下の唯一の誤算は、御自身が流行り病で若くして身罷ることになったこと。執着し続けた妻に先立たれ、それまで以上に貴方は壊れた。先代王妃陛下への憎しみと、妻である王妃陛下を病から守れなかった己自身への憎しみが、混ざり合って全て第一王女殿下に向けられた。憎み、些細な理由を見つけては虐待して、貴方は御自身の自我を守った。逆に貴方にとっての王妃陛下の代替品にされたのが、第二王女殿下だった。第二王女殿下の笑顔を見るためなら、甘やかし放題で碌な教育も施さなかった。王妃陛下は賢明にも国のためにその笑顔をお使いになったが、未だ幼い第二王女殿下に同じことが出来る筈もない。御自身の我が儘を叶えるために、父親に笑顔を振り撒いた。何か反論はおありですかな?」
マセラティ公爵はシニカルな笑みを浮かべ、対するフリードリヒ王は憎々しげに公爵を睨んでいた。
しかし次の瞬間、フリードリヒ王はその表情を劇的に変えた。
「そうとも、余は隣国を併合し、この世界の全部をフリージアに渡すのだ。この世界の真ん中でフリージアが笑っていること、この世界にそれ以上の素晴らしいことなどありはしないであろう?」
会場の空気が正しく凍りついた。
◇◇◇◇◇
「父上、いえマセラティ公爵閣下。お聞きしたいことがあります」
止まっていた時間を動かしたのは、アルフレッドの声だった。
「何だ?」
マセラティ公爵がアルフレッドに厳しい視線を向けると、アルフレッドは一瞬覚悟を決めるように息をついてから問いを発した。
「閣下はそこまで何もかも理解されていながら、何故に何もなさらなかったのですか?」
責めるというより悲哀の滲んだ声だった。
「孤立無援で勝てる相手だとでも?」
答えるマセラティ公爵の声は凍てついている。
「ですがせめて、大人の誰か一人でも小さな子供だった第一王女殿下を庇って差し上げることは出来なかったのですか?」
ツカツカとマセラティ公爵はアルフレッドに歩み寄り、そしてその頬を平手で殴り飛ばした。
「だからお前を殿下の婚約者に据えたのだろう?! 幼き日のお前が『可愛いお姫さまを見つけたんだ! 焦茶の瞳がキラキラ輝いて、とっても優しくて可愛いお姫さまなんだよ。父上、僕はあのお姫さまを守れるようにうんと強くなって、あのお姫さまと結婚したいです!』そうお前が言ったから!! 我々が仲間を集めこのクーデターの準備を進める間、お前なら殿下を守ってくれると思ったから!! なのにお前は愚かにも、目的を忘れ手段の方だけに夢中になった」
「あ…」
アルフレッドは己の過去の過ちを改めて突き付けられて、愕然と目を見開く。
「マセラティ公爵家のための政略結婚とでも思っていたか?」
父公爵の言葉は、冷たく容赦ない。
「ジェイムズ殿の一件以降、お前に改心の素振りが見えたので、そのまま様子を見ていたが…。まだまだだな」
フンと鼻で笑われて、アルフレッドは俯くしかない。
◇◇◇◇◇
「有難うございます、マセラティ公爵。でもどうかもう、そこまでで」
アルフレッドを糾弾するマセラティ公爵を止めたのは、ローズマリーだった。
「殿下? このような愚か者に慈悲は無用でございますよ」
纏う空気を和らげて、マセラティ公爵がローズマリーに答えた。
ローズマリーは軽く首を振った。
「いいえ、公爵。アルフレッドは先程あの男の凶刃から、わたくしを守ってくれました。それだけで十分です」
マセラティ公爵は今度は薄く笑みを浮かべて、深く頭を下げた。
その際、隣に立っていたアルフレッドの頭を強く押し、一緒に頭を下げさせた。
余りにも急に強く押したものだから、アルフレッドはよろけ、たたらを踏んで倒れ込んでしまい、近くにあったテーブルに大きな音を立てて思い切り頭をぶつけた。
アルフレッドはぶつけた所をさすりながら、途方にくれた幼な子のような涙目でローズマリーを見上げたのだった。
アルフレッドの王子様然とした日頃の様子とのギャップに、ローズマリーは思わず小さな笑い声を零してしまう。
「ふふふ…」
数年ぶりのローズマリーの本心からの笑い声だった。
◇◇◇◇◇
「ところで殿下、一つお伺いしても宜しいでしょうか?」
マセラティ公爵がローズマリーに問い掛けた。
「構いません、公爵。何でしょう?」
ローズマリーが許可すると、マセラティ公爵は彼にしては珍しいことに少し言い淀んでからこう尋ねた。
「あー、そのですね、失礼ながら、いつもの殿下なら全てを諦めて陛下の言いなりになられたのではないかと思うのですが、本日に限って反抗なされたのは何故でしょう? いえ、全く以て毅然としたご立派なお姿で思わず見惚れてしまいましたが、このクーデターの計画が未だ完全に整っていなかったものですから、内心冷や汗をかいておりました」
ローズマリーはその言葉で自分が頭からティアラを毟り取ったことを思い出し、ちょっと顔を赤らめて、慌てて手櫛で髪を整えた。
つい先程までの絶望の中にいたローズマリーが見せた年相応の様子に、その場の雰囲気が一気に和らいだ。
「コホン」
小さく咳払いをし気恥ずかしさを誤魔化して、ローズマリーはマセラティ公爵の問いに答えた。
「王座に就くことで、成したいことを成せる力を手に入れたかったのです。でもその望みさえフリージアに取り上げられるのなら、あとはもうどうでも良いと思ってしまいました。わたくしに残されているものは、もうあの男に殺されることくらいしか無いと思ってしまったのです。ですがこんなにも、わたくしを気遣ってくださる方がいたのですね」
吹っ切れたようなローズマリーの笑顔だった。
「この際ですから、その成したいこととやらもお話し頂けますか?」
マセラティ公爵が追い討ちを掛ける。
「容赦ないですね」
ずっと黙ってローズマリーとマセラティ公爵の話を聞いていたベントレー侯爵に一瞬だけ視線を流して、ローズマリーは苦笑を零した。
「戦争の終結…、和平ですかね?」
言い渋る様子のローズマリーの代わりにベントレー侯爵が答えた。
助け舟を出したのか、むしろ追い詰めたのか?
ローズマリーは少し拗ねた顔をしてベントレー侯爵を睨みつけた。
マセラティ公爵は『ほぉ』と小さく呟き、会場中の視線もまたローズマリーに集まった。
その視線に気付いて慌てて周りを見回すが、何故か皆が期待に満ちた表情でローズマリーを見つめていた。
ローズマリーは観念して大きく息をついた。
◇◇◇◇◇
「ここに居る皆さんの中に、どれくらい本気で隣国を侵略したいとお考えの方がいらっしゃるかは分かりません。何百年と戦争が続き、家族や恋人や友人達を殺された恨みや憎しみが、毎日毎日、毎年毎年、積もり積もっていることでしょう。大事な人を殺されて泣き寝入りするなんて許せない、隣国なんて滅ぼしてしまえと思う気持ちは痛いほど分かります。わたくしの場合、相手は隣国ではありませんけれども」
ローズマリーは苦笑を浮かべた。
「先代の時代に奪われた領土を現王が取り戻し、国境線は今、丁度百年前と同じところにあります。和平は無理でも、たった一年で良い、休戦することが出来たなら? わたくしは一年間これ以上大事な人を戦争で亡くす心配をしないですむでしょう。その一年を、更に一年だけ伸ばすことが出来たなら? そうして一年ずつ伸ばして百年休戦を続けられたら、その時になったなら、大切な人を失くす悲劇は歴史の中だけに存在するものになるかも知れません。直接辛い経験をしていなければ、復讐よりも侵略よりも、平和が良いと思う人が増えるかも知れません。その時に改めて両国の関係を見直せば良いと、わたくしはそんな風に思ってしまったのです。綺麗事ですね」
ローズマリーは寂しげに笑ってベントレー侯爵を見つめた。
「王太女の教育係でもある宰相閣下には、やはり全てお見通しでしたのね。閣下がわたくしに振って来る政務の傾向から、そうではないかと思ってはいたのですが…。わたくしの希望に近付くような公務を優先してまわしてくださったのでしょう? こんなにも支えられていたのに、わたくしには本当に何も見えていなくて、恥ずかしい限りです。今まで本当に有難うございました」
ローズマリーは頭を下げた。
それに慌てたのは、ベントレー侯爵の方だった。
「おやめください、殿下。私は宰相として当然の仕事をしただけです。それにね殿下、私は綺麗事と言うのが大好きなのですよ」
ベントレー侯爵が片目を瞑ってみせた。
◇◇◇◇◇
「殿下」
マセラティ公爵に呼ばれてローズマリーが振り返ると、ザザッと音を立てて公爵がローズマリーの前に跪いた。
続いてベントレー侯爵も今度は真面目な顔をして跪く。
ローズマリーを中心に跪く貴族達の輪が同心円状に広がっていく。
全ての貴族が跪いたのを待って、筆頭公爵が口火を切った。
「私、ヴィンセント・マセラティは今ここで、生涯の忠誠をローズマリー殿下に捧げることを誓います。ローズマリー殿下、どうぞ至高の玉座に登り、この国を導いてください」
公爵が深く頭を下げた。
「私、テオドール・ベントレーも同じくローズマリー殿下に忠誠を誓います。どうか殿下のその笑顔で、この国の隅々までを照らして頂きたい」
侯爵も深く頭を下げ、ほかの貴族達もそれに続く。
「私、私は!」
アルフレッドが一人立ち上がって、声を張り上げた。
「私は! ローズマリー殿下を愛しています! 私と、けっ、けっ、結婚してください!」
「へ?」
思わず変な声がローズマリーから洩れた。
「おま、お前という奴は!」
父公爵が憤怒の形相で立ち上がり、ズンズンとアルフレッドに近寄って、その襟首を締め上げた。
「だって好きなんです! 殿下を傷つけた私の過去の過ちは、これから先の一生を懸けてうんと殿下を大切にすることで償います! ジェイムズ殿のことも、その、ずっと忘れないで好きなままでも大丈夫です。殿下がちょっとでも好きになってくださるのなら、一番じゃ無くても我慢出来ます。将来子供が出来たら、更にその次の順番でも良いです。だからお願いします! どうか私と結婚してください!」
アルフレッドは父公爵の腕をどけると、体を半分に折る最敬礼をした。
テーブルに頭をぶつけて涙目になるとか、今の直情径行なプロポーズとか、今日のアルフレッドはかなりおかしい。
唖然と周囲が見守る中、ローズマリーも怪訝な顔で問い掛けた。
「アルフレッド、貴方、ここ数年いつも王子様みたいに上品な態度で側にいて、わたくしを見張っていたのでは…?」
アルフレッドは目を泳がせながら、しどろもどろに答えた。
「あー、その方が殿下をお慰め出来るかと…」
その語尾は段々小さくなって行き、その顔には『全然伝わっていなかった…』と書いてあった。
つまりそれが公爵の言うところの『改心の素振り』だったのだろう。
まじまじとアルフレッドを見つめていたローズマリーが、不意にくすくす笑い始めた。
「殿下!」
アルフレッドが期待に満ちた声を上げた。
◇◇◇◇◇
「有難うございます」
笑いを引っ込めてローズマリーが告げた。
「マセラティ公爵、ベントレー侯爵。お二人の忠誠、しかと受け取りました。わたくしはその忠誠に恥じぬよう、この国の未来のためにこの身を捧げることをここに誓います」
第137代 ローズマリー女王の誕生した瞬間だった。
「アルフレッド、貴方のお気持ち、大変嬉しいです。ですが今日は余りにも色々あり過ぎて、わたくしには気持ちを整理する時間が必要です。それに何より先ず女王としての自分を確立したい。貴方に気持ちを返せるようになるかは分かりません。王配にするという約束も出来ません。それでも王配候補として、わたくしを支えてくれますか?」
アルフレッドにそう告げるローズマリーの頬は、新しい恋の微かな予感に仄かに色付いていた。
「はい。仮令この想いが報われなくとも、この命ある限り、ローズマリー陛下を誠心誠意お支えすることを誓います」
アルフレッドはローズマリーの手を取って、優しく唇を落としたのだった。
◇◇◇◇◇
「ところで陛下」
ベントレー侯爵がいつもの軽い調子でローズマリーに声を掛けた。
「ここにはすっかり冷めてしまいましたが、素晴らしいご馳走が並んでいます。ワインも特級品です。ここは一つ乾杯など如何でしょう?」
「あらまぁ、良い案ですね。ではお腹を満たして少し寛容な気分になれたら、柱に括り付けられている二人のことについても相談しましょうか」
捕縛された後、フリードリヒ前王とフリージア王妹は、猿ぐつわをされ会場の隅の柱に縛り付けられている。
その状態で散々騒いだのか、今は二人ともぐったりとしていた。
「毒杯一択ではないと?」
ベントレー侯爵が問うと、分からないと言うようにローズマリーは小さく首を振った。
「妹も父の執着心の被害者だと思います。その父にも、この国に対する大きな功績があります。そこに情状酌量の余地は有るでしょう。けれども!」
そこで息を止め、『感情は別です』と続く言葉をローズマリーは発さなかった。
ベントレー侯爵も問いはしなかった。
「今まで貴族階級以上の人間の罪は、国王が独断で裁いて来ました。今後も決定権は国王のものとしますが、裁く前に量刑を国王に具申する第三者機関を作りたいと思います。宰相、その第三者機関の構想をまとめて近日中に報告しなさい。新体制に於ける宰相の最初の仕事です。心してかかるように」
最後の一言は茶目っ気たっぷりに告げられた。
「御意」
王命を受ける宰相ベントレー侯爵も、可愛い我が子の成長を誇らしく思うような目をしていた。
◇◇◇◇◇
「マセラティ公爵」
ローズマリーは今度は筆頭公爵に声を掛けた。
「はい」
マセラティ公爵は恭しく返事を返した。
「此度のクーデターの手腕、誠に見事でした。お陰でこの国が侵略国家の道を突き進む愚行を未然に防ぐことが出来ました。礼を言います」
「有難いお言葉です」
マセラティ公爵も深く礼をした。
「お聞きのように、あの二人の処分が決まるまで少し時間が掛かります。それまでは城内の貴人牢に幽閉しますが、片方は今まで太陽王とも崇められて来た人間です。城内の不届者の手によって逃走することのないよう、貴殿の信頼の置ける人員に警備を任せてください」
「畏まりました」
答えるマセラティ公爵は誇らしげであった。
◇◇◇◇◇
「さぁ、戴冠式より先ではありますが、今よりわたくしの女王就任の祝いの夜会を始めましょう!」
ローズマリー女王が高々と声を上げる。
「アルフレッド、後ほどわたくしのファーストダンスのお相手を務めてくださいね」
「はい!」
答えるアルフレッドは…。
尻尾を振る犬のようであったと、のちの歴史書は語る。
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