終戦
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「だからね、アカリが『嘆きの亡霊』を使って私を呼び出そうとしてくれた時、とても嬉しかった。でも、貴方のことだから自分の体を譲ろうとすると思って……行けなかったの」
ちょっと寂しげな表情を浮かべ、リディアはコツンッと額同士を合わせた。
「本当はアカリが天寿を全うして、こちらに来てからたくさん関わろうと思っていたわ。でも、黒髪の男性のことが……魔王のことがあって、ここへ来たの」
そっと額を離し、至近距離でこちらを見つめるリディアはうんと目を細める。
「完全に予定が狂ってしまったけど、貴方にこうして会えてとても嬉しいわ」
はしゃぐような声でそう言い、リディアは蕩けるような笑みを浮かべた。
幸せで幸せでしょうがないといった素振りを見せながら、そっと私の手を握る。
ここに存在することを確かめるかのように。
「大好きよ、アカリ。だから、この役目だけは……貴方を助けるという役目だけは、絶対に誰にも渡さないわ。私だけのものよ」
『共鳴』を使用した後悔など微塵も感じさせない態度で、リディアは断言した。
かと思えば、目に涙を滲ませる。
『やはり、ここに残りたいのでは!?』と心配する私を前に、彼女は真っ直ぐにこちらを見据えた。
「もうそろそろ、お別れの時間みたいね。もっと一緒に居たいのに、残念だわ」
握った手をゆっくりと離し、リディアは一歩後ろへ下がる。
「憑依じゃなくて、もっと別の方法で貴方に会いたかった」
別れを惜しむように唯一の後悔を吐露し、リディアは後ろで手を組んだ。
かと思えば、兄達の方を見る。
「アカリのこと、よろしくお願いしますね」
まるで心配性のお母さんのようにそう言い、リディアは魔王の横へ並んだ。
終焉を予感させる曖昧な笑みを零しながら、ただひたすらこちらを見る。
「泣かないで、アカリ」
「えっ?」
ハッとして自身の頬に触れる私は、ようやく泣いていることを自覚する。
『い、いつの間に……』と動揺する私を前に、リディアはスッと目を細めた。
「私を負い目に感じる必要はないわ────と言っても、きっと無理よね。アカリは優しいもの。だから」
そこで一度言葉を切ると、リディアは僅かに身を乗り出す。
「負い目を感じている分、幸せになって。そしたら、私も笑顔になるから」
『貴方の幸せが私の幸せなの』と語り、リディアはこちらの負担を減らそうとしてくれた。
死に際にも拘わらずこちらを気遣ってくれる彼女に、私は『このままじゃダメよね』と奮起する。
私の方がお姉さんなんだからと己を叱咤し、
「ありがとう、リディア。幸せになるわ。だから、そっちに行くまでもう少しだけ待っていて」
私はリディアに抱きついた。
『さよなら』は言わないと胸に決め、リディアの存在を全身で感じようとする中、彼女は小さく笑う。
「ええ、気長に待っているわ」
『死に急ぐようなことはないように』と釘を刺し、リディアは────光となって弾けた。
どうやら、ついにギフトの効果が切れたらしい。
『嘆きの亡霊』で呼び出した魔王の仲間や友人も、次々と消えていく。
やがて霧も晴れ────リディアと『共鳴』した魔王も、
「感謝する。そして、すまなかった」
光となって、弾けた。
まるで、リディアに起きた現象を倣うかのように。
塵一つ残さず消えた魔王達を前に、私はギュッと自分自身を抱き締める。
先程まで腕の中にあった温もりを忘れぬように、と。
必死にリディアの存在を脳裏に刻み込む中、ふと足に違和感が……。
何の気なしに下を向くと、靴の上に手を置く猫さんの姿があった。
す、すっかり忘れていたわ……この子って、どうすればいいのかしら?
魔物だから、やっぱりその……殺処分?
『それはさすがに可哀想……』と眉尻を下げつつ、膝を折る。
すると、
「────我らが英雄を救ってくれて感謝する、若人達よ」
と、聞き覚えのない声が耳を掠めた。
驚いて固まる私達を他所に、猫さんは『ニャー』と鳴く。
そして一回ずつ私達の足に頬擦りすると、白い光に身を包んだ。
『えっ!?』と声を上げる私達の前で、猫さんはどんどん形を崩していき、やがて消滅する。
「────これに免じて、憑依などという邪法を使ったことには目を瞑ろう」
という言葉を置いて。
ポツンとこの場に取り残された私達は顔を見合わせ、辟易する。
「あの猫さんはもしかして……もしかしなくても────神様、ですかね?」
「多分、そうじゃない?この展開で、神様以外だったら逆に怖いし」
「でも、そうなると神様はずっと魔王の様子を見守っていたことになるよな……」
「『なら、止めてくれ』って、話なんだが……まあ、何かしら事情があったんだろう」
どこか遠い目をしながら、兄は『はぁ……』と溜め息を零す。
呆れとも落胆とも捉えられる態度を取る彼の横で、レーヴェン殿下が小さく肩を竦めた。
かと思えば、こちらに目を向ける。
「とりあえず、帰ろうか────アカリ嬢、ゲートを」
作戦成功を意味する青い光を空に打ち上げつつ、レーヴェン殿下は転移魔法の使用を求めた。
『疲れているかい?』と心配する彼に、私は小さく首を横に振り早速発動へ踏み切る。
イマジネーションで皇城の一室に座標を合わせ、ゲートを開くと────私達は全員無事に帰還した。




