魔王の願いを叶えるのは
「でも……だからって、こんな……永遠なんて、酷すぎる……」
大抵の人間なら喜ぶだろう不老不死という能力が、どうしても受け入れられないようで……魔王は小さく頭を振った。
ゴールのない迷路に放り込まれたような心境なのか、尚も拒絶反応を示す。
「それに僕は数え切れない悪行を重ねてきた……人間達は僕が存在するだけで、恐怖を感じる筈……」
「そうだね。だから、とりあえず世界滅亡は諦めてくれるかな?」
勢いを削がれた魔王に対し、レーヴェン殿下は間髪容れずに不可侵の確約を求めた。
「君の持つギフトの『等価交換』とやらで、きっちり契約を交わしたいんだけど」
ここぞとばかりに攻めるレーヴェン殿下に対し、魔王は顔色を曇らせる。
「……僕を殺せば、全て丸く収まる」
「その方法がないから、ここまで拗れたんだろう」
私と魔王の間に割って入り、兄は氷の矢を複数顕現させた。
まだ魔王が世界の滅亡を諦めていないため、警戒してしまったのだろう。
さすがにもう世界の滅亡は考えていないと思うけど……。
かつての仲間や友人達に囲まれてバツの悪い顔をしている魔王に、私はスッと目を細める。
『もうあのギフトを使うしかないかな?』と考えながら、兄の背中越しに魔王を見た。
「分かりました。では、こうしませんか?私が必ず、貴方に死を提供します」
「朱里……!」
そう言って、勢いよく私の腕を引っ張ったのは────麻由里さんだった。
きっと、私のしようとしていることに気づいたのだろう。
彼女は乙女ゲームの知識を通して、私のギフトの能力を知っている筈だから。
『危険だ!』と視線だけで訴え掛けてくる彼女に、私はニッコリ微笑む。
大丈夫ですよ、と伝えたくて。
「私の……リディアの持つギフトの中に『共鳴』というものがあります。これはギフト所持者の状態に、対象を同調させるというもの。つまり────私が死ねば、このギフトの影響を受ける者も死ぬのです」
「「「!!?」」」
魔王だけでなく、幽霊となって現れた者達や兄達もハッと息を呑んだ。
かと思えば、物凄い勢いで詰め寄ってくる。
「魔王のために死ぬつもりか!?そんなのダメに決まっているだろう!」
「考え直しておくれ、アカリ……!」
「他にも何か方法がある筈だ!」
「そうよ!まだこんなに小さい子が、自己犠牲なんて覚えちゃダメ!」
「ハデスのために動いてくれるのは有り難いが、こんなの……!」
『共鳴』を使ったから即死ぬつもりだとでも思っているのか、彼らは何とか思い留まらせようと必死だった。
焦ったように表情を怖ばせる彼らの前で、私は少しばかり戸惑う。
「お、落ち着いてください、皆さん。私は別に自害するつもりなんて、ありません。ただ、魔王の寿命と私の寿命をリンクさせるだけです」
リディアから貰った第二の人生を投げ出すなんて、有り得ないわ。
ちゃんと最後まで生き抜きたい、と思っている。
だから、魔王の願いを叶えるのは“今”じゃない。
チラリと黒髪の男性に視線を向け、私は優しく微笑んだ。
「貴方は永遠というものが、恐ろしいだけですよね?なら、私が終わりを決めて差し上げます」
「!」
「人間の寿命は長くても、百年程度。決して短い時間ではありませんが、私のために……そして、貴方自身のために静かな余生を過ごしてみてはどうですか?」
『終わりがあるから、もう不安はないでしょう』と主張すると、魔王は大きく目を見開く。
夜の瞳に期待と安堵を滲ませ、強く手を握り締めた。
「それなら……」
「────ダメだ!」
魔王の言葉を遮るようにして声を上げた兄は、こちらに向き直るなりガシッと肩を掴む。
半ば怒ったような表情を浮かべながら。
「お前が死んだら魔王も死ぬ、だと……?その話が周りに知られれば、お前はあらゆる勢力から命を狙われる!魔王に恨みを持つ奴が一体、何人居ると思っているんだ!?」
『世界を敵に回すと言ってもいい!』と力説し、兄は考え直すよう説得してきた。
すると、それに便乗するようにレーヴェンが苦言を呈する。
「恐らく……というか、確実にこれまで通りの生活は送れないよ。もしかしたら、皇帝も君を殺そうとするかもしれない……」
「俺達だけの秘密に出来れば、いいが……魔王関連となると、黙っている訳にはいかねぇーもんな……」
悩ましげに眉を顰め、リエート卿は乱暴に頭を搔いた。
『どう頑張っても、丸く収まりそうにはねぇーな』と語る彼の傍で、麻由里さんも難しそうな顔をする。
「それにたとえ、処刑や暗殺の難から逃れられたとしても……色んな人に白い目で見られるのは、必至。そんな冷遇に耐えられるの?」
心配そうにこちらを見つめ、麻由里さんは強く手を握り締めた。
『私はそんなの嫌だよ……』と嘆く彼女を前に、私はそっと眉尻を下げる。
と同時に、己の認識の甘さを痛感した。
魔王の願いを叶えて、世界に平和も戻って一石二鳥だと思っていたけど、そんな簡単な話じゃないのね。
突きつけられた厳しい現実を受け止め、私は自身の手のひらを眺める。
その際、ふと申し訳なさそうな表情を浮かべる魔王が目に入った。
少なからず、罪悪感を覚えているのだろう。
でも、これだけは譲れなくてじっとこちらの様子を窺っている。
落ち着かない様子で手を握ったり開いたりしている魔王の姿に、私はスッと目を細めた。
正直、命を狙われたり冷遇されたりするのはとても辛いし、悲しい。
でも────
「────これは私にしか出来ないことですから。知らんふりして、目を背ける訳にはいきません。でも、そうですね……このままだと、グレンジャー公爵家や麻由里さん達にも迷惑を掛けそうだし、一度身の振り方を考えた方が良さそうです」
攻撃されるのは私だけ、と限らない。
だから、まずはグレンジャー公爵家から籍を抜いて……。
「俺達はそういうことを言いたいんじゃない!ただ、アカリのことが心配なんだ!」
堪らず身を乗り出し、リエート卿は私の手を掴んだ。
怒ったような……泣きそうな表情でこちらを見つめる彼に、私はふわりと柔らかく微笑む。
「ええ、分かっています。その気持ちは凄く有り難いです。でも、皆さんを巻き込む訳にはいきません。だって、リエート卿もレーヴェン殿下もお兄様も麻由里さんも帝国の未来を担っていく方々ですから」
『国民に悪印象なんて持たれたらダメ』と主張し、私はやんわり手を解いた。
肩を掴む兄の手もゆっくり下ろし、一歩後ろへ下がる。
────皆の輪から、外れるように。
『帝国の安寧のためにも離れなければ』と覚悟を決めていると、不意に霧が揺れた。
「────そうね。未来ある者達を巻き込む訳にはいかないわ」
そう言って、私達の前に姿を現したのは紫髪の少女。
私や父とよく似た目を持ち、堂々と振る舞う彼女はある人物にそっくりだった。
この顔……まさか────
「────リディア……!?」
「ええ」
間髪容れずに首を縦に振る少女は、実に淡々としていた。
おまけに表情も乏しい。
『リディアって、想像以上に大人っぽい子ね』と衝撃を受けつつ、私は少し嬉しくなる。
だって、やっと恩人に……一番会いたかった子に会えたから。
でも、何でいきなり姿を現してくれたのかしら?
今までどれだけ『嘆きの亡霊』を発動し、呼び掛けても来てくれなかったのに……もしかして、お兄様が居るから?
私だけだと、『対象と縁のある者』という条件を満たせなかったのかもしれない。




