英雄のなりの果て《ハデス side》
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僕は神に選ばれた清らかな魂の一つで、あらゆる世界を渡り歩いていた。
転生や召喚、憑依などを用いて。
その目的はいつだって、同じ────世界の救済。
「「「英雄ハデス様、万歳!」」」
この合唱を聞くのは、何度目だろうか……。
民衆の歓声と華やかに彩られた王都を眺め、僕は馬に乗って前へ進む。
最初の頃は嬉しく……そして、誇らしく感じたこの光景も、今では味気なく感じる。
別に見飽きたとか鬱陶しくなってきたとか、そういう訳じゃない。
ただ────疲れてしまったのだ。人を救う人生に……その他大勢のために、身を削る英雄という在り方に。
もうゆっくり休みたい……普通の人間として、生きたい。
心身をすり減らし、疲れ果ててしまった僕は祝いの宴も仲間の誘いも全て断って宿へ戻った。
そこで今回苦楽を共にした剣を、自身の首元へ突きつける。
「お願いします、神様……もう解放してください」
そう言うが早いか、僕は頸動脈を切り────死に至った。
これだけ尽くしたんだ。神様だって、分かってくれる。僕の願いを聞き入れてくれる。
────と思ったのに、現実は違っていて……僕はまた転生してしまった。
しかも、今までの記憶をしっかり引き継いで。
いや、落胆するのはまだ早い。もしかしたら、平凡な子供として生きていけるかもしれない。
そんな淡い希望を胸に七年間過ごし、洗礼式を受けた。
と同時に、絶望した。
だって、僕の持っていたギフトの中に『不老不死』があったから。
これでは、平坦な人生を歩むことなど不可能だろう。
「神は僕にこの世界で一生、英雄であり続けることを望むのか……」
『なんてことだ』と嘆き、僕はその場に蹲った。
重すぎる周囲の期待と神の無情さを痛感しながら、自室のベッドに顔を埋める。
『もう勘弁してくれ……』と絞り出すような声で言い、ひたすら自分の運命を呪った。
「不老不死だから、前回のように自害することも叶わない……嗚呼、一体どうすればいいんだ?どうしたら、この苦痛から解放される?」
『もうゆっくり休みたいのに……』と愚痴を漏らしつつ、僕はあらゆる方法を試した。
まずは封印。
自分で自分に束縛を掛けるなどやったこともないが、発動自体は可能。
ただし、何もない空間に閉じ込められるだけで意識はきちんとあるため、永眠という目的を果たせなかった。
なので、今度は『等価交換』というギフトを用いて『不老不死』を誰かに渡せないか画策するが……なかなか成立しない。
というのも、『等価交換』は互いが同じ価値と定めたものしか交換出来ないため。
ちょっとでも、『損をしている』『得をしている』と思ってはいけない。
僕のような変わり者はさておき、普通の人から見れば『不老不死』は価値をつけられないほどの代物。
それと同じ価値のものを差し出す、というのは到底不可能。
また、僕にとっての『不老不死』の価値が極端に低いことも失敗要因の一つ。
正直、このギフトを差し出せるなら髪の毛一本が対価でも構わないからね。
そういう訳で、『不老不死』の譲渡は不可能に近く……三つ目の選択肢を取らざるを得なかった。
それが────世界滅亡。
通常、ギフトなどの能力は世界に帰属する。僕が前世の力を引き継げなかったのも、そのため。
だから、世界を壊してしまえば『不老不死』の効果はなくなり、死ねるんじゃないかと考えた。
「世界を滅ぼせば、当然ここに住む人間や動物も死ぬ……」
自室の窓から街を行き交う人々やキャンキャン吠える犬を眺め、僕はそっと目を伏せる。
元英雄として、無関係の者達を巻き込むことに多少なりとも罪悪感はあるから。
でも、それ以上に────死にたい気持ちの方が大きい。
「世界を跨いだ心中計画か……我ながら、狂っている。だけど、もう僕にはこれしかないんだ」
分かってくれ、とは言わない。許しを乞う気だって、なかった。
ただ、もし気の毒だと思うのならば────僕を心の底から憎んで、恨んで、殺してくれ。
それが唯一の救いであり、願いであり、慰めだから。
虚ろな目で鏡に反射した自分を見つめ、僕は進むべき道を選択する。
────と、ここでベッドを占領していた愛猫のチェルシーが起きた。
『ニャー』と鳴きながらこちらへ駆け寄り、足に頭を擦り付ける。
主人が物騒な決断を下した、なんて露知らずに。
『実に呑気なものだ』と思いつつ、僕はチェルシーを抱き上げた。
と同時に────ギフト『超進化』を発動する。
「僕は今日から、魔王ハデスだ。人類よ……この世界の平和を担う英雄よ、全力で叩き潰しに来い。さもなくば、僕と共に死んでもらう」
背中から翼を生やしたチェルシーを前に、僕は宣言した。
すると、愛猫が鳴き声を上げる。
まるで、僕の願いを肯定するかのように。
きっと、僕の気の所為だろうけど……でも、少しだけ救われたような気持ちになる。
「ありがとう、チェルシー」
コツンと額同士を合わせ、僕はふわりと柔らかく微笑んだ。




