小公爵の後悔
「何で僕のこと、怒らないんだよ……?魔力暴走を引き起こしてさんざん迷惑を掛けた挙句、お前の存在を拒絶したのに……」
『暴言だって、たくさん吐いて……』と述べる小公爵は、両手を組んでギュッと握り締める。
全く責められない状況が理解出来ず、戸惑いを覚えているようだ。
『何なんだ、お前は……』と困惑する彼を前に、私は苦笑を漏らす。
「私はただ、人を責めるのが苦手なだけです」
────怒って険悪になったまま……誰かを恨んだまま死にたくないから。
という言葉を呑み込み、私はニッコリ微笑む。
まだ山下朱里として生きていた時、私は常に死ぬ決意を固めていた。
もちろん、生きることを諦めていた訳ではない。
生きる希望が少しでもあるなら、その可能性に縋りたいし、賭けたいと思っている。
でも、人より死を身近に感じているせいか、やっぱり考えてしまうのだ────命の灯火が消えてしまったら、どうしよう?と。
死んだ時、願うのはやはり両親や友人の幸せでありたい。
『あいつがもっと苦しめばいいのに』と、他人を呪うようなことだけは嫌。
綺麗事かもしれないけど、色んな人に助けられて生きてきたから、負の感情に塗れた後悔や願いは残したくなかった。
優しさというより信念に近い思いを胸に抱え、私はふわりと柔らかい笑みを浮かべた。
「それに小公爵の思いや葛藤は何となく、理解出来るので。と言っても、その苦痛を想像することしか出来ませんが。でも、私という存在を受け入れるのが困難なのは分かります。だから、拒絶されてもあまり腹が立たないというか……『あぁ、やっぱりな』と納得してしまうんです。まあ、ちょっとガッカリではありますが」
『出来れば、仲良くしたかったので』と述べる私に、小公爵は大きく瞳を揺らす。
どことなく、ショックを受けた様子で。
「馬鹿じゃないのか……そんなにお人好しでどうする……」
どこか譫言のようにそう言い、小公爵はキュッと唇に力を入れた。
かと思えば────月の瞳から、大粒の涙を流す。
「何なんだよ、本当に……こんなに優しかったら、恨めないじゃないか……もっと嫌な奴なら、良かったのに……」
嗚咽を漏らしながら本音を零し、小公爵は手で顔を覆った。
肩を揺らして号泣する彼を前に、私は慌てふためく。
な、泣かせるつもりはなかったのだけど……!どうしましょう!?
オロオロと視線をさまよわせ、私は困り果ててしまった。
自分の立場的に慰めていいのか、どうか分からず……『あの』とか、『えっと』とかしか言えない。
────と、ここで母が私の手を引いて歩き出した。
そして小公爵の傍に来ると、そっと彼の肩を抱き寄せる。
もう一方の手は私の腰に回されていた。
「イヴェール。ほら、貴方も」
「ああ」
母に促されてこちらへ向かってくる父は、私の横で足を止める。
と同時に、私と小公爵のことを強く抱き締めた。
「リディア、ニクス。改めて、本当にすまなかった。これからは決して家庭のことから、逃げない。だから、四人で家族となることをもう一度考えてくれないか?」
「もちろん、無理強いはしないわ。考えた結果無理なら、ソレを受け入れる。正直、『四人で家族になりたい』というのは私達のワガママでしかないから」
『今更、虫が良すぎる話でしょうし』と述べ、母はそっと眉尻を下げた。
その瞬間、小公爵がゆっくりと顔を上げた。
泣き腫らした目でこちらを見つめる彼は、嗚咽を解消するように大きく深呼吸する。
と同時に、肩の力を抜いた。
「リディア」
「は、はい」
反射的に姿勢を正して返事すると、小公爵はスッと目を細める。
月の瞳に確固たる意志を宿しながら。
「────今まで悪かった」
「……えっ?」
まさか謝罪などされるとは、思っておらず……パチパチと瞬きを繰り返す。
なかなか現状を呑み込めずにいる私の前で、小公爵は少し乱暴に涙を拭った。
「魔力暴走の件やリディアを逆恨みした件、諸々全部謝る。本当にすまなかった」
深々と頭を下げ、謝罪する小公爵はどこかスッキリした様子だった。
まるで、心のつっかえが取れたような……そんな感じ。
「正直、ただの八つ当たりだったのは自覚している。ただ、上手く気持ちに折り合いを付けられなくて……リディアを恨むのが一番手っ取り早い解決方法だったから、そうしていた」
小公爵は過去の行いを悔やむように、強く手を握り締める。
「でも、リディアの気持ちや考え方に触れて目が覚めた。いや、自分が恥ずかしくなった。自分より幼くか弱い妹が、こんなに家族のことを思いやっているのに……僕は自分のことばかり。兄として、情けない限りだ」
フルフルと小さく頭を振り、小公爵はゆっくりと顔を上げる。
と同時に、こちらを真っ直ぐ見つめた。
「だから、これからは家族のことをちゃんと思いやれるような人間になる」
そっと自身の胸元に手を添えて宣言すると、小公爵は少し身を乗り出す。
どことなく、緊張した面持ちで。
「その第一歩として────きちんとリディアの兄になりたい。僕を兄妹として、受け入れてくれないか?」
月の瞳に僅かな不安と期待を滲ませ、小公爵はじっとこちらの反応を窺った。
『さすがにちょっと都合が良すぎるか……』と思い悩む彼を前に、私は少しだけ泣きそうになる。
あまりにも、嬉しくて。
ねぇ、リディア。貴方の願い────叶えられそうだよ。
天国に居るであろうリディアのことを思い浮かべ、私は目に滲んだ涙を瞬きで誤魔化す。
と同時に、溢れんばかりの笑みを零した。
「もちろんです、お兄様」
『むしろ、大歓迎』と示し、私はうんと目を細める。
すると、小公爵……いや、兄はホッとしたように胸を撫で下ろした。
「ありがとう」
「いえ、こちらこそ。お兄様の妹になれて、とてもとても嬉しいです」
喜びのあまり声を弾ませる私に対し、兄は『……そうか』と相槌を打つ。
まだ兄妹のやり取りに慣れていないのか、はたまた恥ずかしいのか対応は少しだけぎこちなかった。
でも、一生懸命家族として接しようとしているのは分かる。
『それだけで、私としては嬉しい』と頬を緩める中、両親が安堵の息を吐いた。
「ニクスもリディアも私達のワガママを聞いてくれて、本当にありがとう」
「家族四人で過ごしていけることを、心より嬉しく思う」
「いえ……僕はただ、自分の気持ちに従っただけです。母上達のワガママだから、リディアを妹として受け入れた訳ではありません」
若干頬を赤くしながらも訂正を入れる兄に、私も同調しようとする。
────が、急に目眩を覚えて床に膝をついた。
あ、あれ……?なんだか、いきなり体が重く……。
一件落着してホッとしてしまったせいか、私の体調は急激に悪化。
体に上手く力が入らず、グニャグニャと歪む視界で意識を朦朧とさせることしか出来なかった。
「「「リディア……!」」」
倒れる私を見て焦った兄達は、慌てて体を支える。
そして、必死に呼び掛けるものの……私はあっという間に気を失い、気づいた時にはベッドの上だった。