和解と懇願
「わ、私のことを責めないのですか……?」
堪らず質問を投げ掛けると、両親は僅かに目を剥いた。
「責める?どうして?陛下も仰ったように、アカリはただの被害者じゃない」
「それに元を正せば、全て我々の責任だ。リディアが憑依という手段を取る前に、己の過ちを自覚し改善するべきだった」
過去の行いを悔やむように目を伏せ、父はグッと手を握り締める。
逃げずに自分の罪と向き合う彼は、とても苦しそうで……でも、凄く誠実に見えた。
ハッと息を呑む私の前で、父はおもむろに顔を上げる。
と同時に、真っ直ぐこちらを見据えた。
「ここからは未来の話をしたいんだが」
そう前置きしてから、父は僅かに身を乗り出す。
「もし、アカリさえ良ければ────これからも家族として接してほしい」
「!」
家族のままで、居てもいいの?
また『お父様』『お母様』って、呼んでもいいの?
私……グレンジャー公爵家の一員になっても、いいの?
キュッと唇に力を入れる私は、目に滲む涙を堪えるのに必死だった。
少しでも気を抜いたら泣いてしまいそうで、うんともすんとも言えずにいると、母が柔らかく微笑む。
まるで、『何も心配は要らないのよ』とでも言うように。
「あとね、これからはリディアのためじゃなくて、アカリ自身のために生きてほしい」
「我が子の未練を晴らそうとしてくれるのは有り難いが、それはもうアカリの人生だ。好きなように生きなさい」
力強い口調で言い聞かせ、父は僅かに目元を和らげた。
「これからも表面上はリディアとして生きていかなければならないだろうが、あの子に囚われる必要はどこにもないんだ」
「何より、リディアの未練は……『皆に愛されたい』という願いは、既に叶えられたわ。充分すぎるほどにね」
「だから、もう気にせず自分の人生を歩みなさい。そのための協力は惜しまないと誓おう」
父も母も『自分らしく生きていいんだ』と背中を押し、こちらに温かい眼差しを向けた。
誰よりも辛い立場にある筈なのに、他人である私を気遣ってくれる。
「私達のもう一人の娘として生きてくれ、アカリ」
正式に家族として迎え入れたいと申し出る父に、私は気づいたら
「はいっ……!」
と、首を縦に振っていた。
何とも言えない高揚感と幸福感に包まれながら、私はポロポロと涙を流す。
はにかむような笑顔と共に。
────その後の食事は和やかに進み、あっという間に帰宅時間へ。
門限ギリギリに学園へ着き、晴れやかな気持ちで両親と別れた。
『送っていく』という兄の言葉に甘えて寮まで向かう途中、彼はふと足を止める。
と同時に、こちらを振り返った。
「リディア……いや、アカリ」
「はい」
とりあえずこちらも立ち止まって応じると、兄は少し言い淀むような動作を見せる。
が、それはほんの一瞬で……直ぐに覚悟を決めた。
「話しておきたいことがある。お前には、僕の本音を知っていてほしいから」
お兄様の本音……それって、きっと憑依関連よね?
『タイミングからしてそれしかない』と確信しつつ、私は少し背筋を伸ばした。
「なんでしょう?」
意を決して話の先を促すと、兄は体ごとこちらに向ける。
そして、伏せ目がちにこちらを見つめた。
「僕はお前が本物のリディアじゃないと……妹じゃないと知って、正直────ホッとした」
「えっ……?」
予想すらしてなかった言葉に、私は心底困惑した。
『何がどうなっているの……?』と戸惑う私を前に、兄は自身の手を見下ろす。
「半分とはいえ、血の繋がった妹にこんな感情を抱いているなんて、言えなかったからな。でも、そうじゃないなら……お前が本当に他人なら、この気持ちを認められる」
「えっと……?」
勝手に話を進めていく兄についていけず、私は『つまり、どういうこと?』と頭を捻った。
────と、ここで兄が距離を詰めてくる。
いつもよりずっと真剣な顔つきでこちらを見つめ、彼はそっと頬に手を添えた。
「────アカリ、ずっと前から好きだった。妹としてではなく、女としてお前を見ていた」
「!?」
低い声で囁かれる甘い言葉に、私は頭の中が真っ白になった。
『う、嘘……?』と混乱する私を前に、兄はコツンと額同士を合わせる。
「心の底から、愛している」
「っ……!」
至近距離にある熱を帯びた瞳に、私は目を白黒させた。
混乱のあまり何も言えずにいると、兄はおもむろに額を離す。
「今すぐ、僕を男として見るのは難しいと思う。だから、少しずつでいい……僕と肩を並べて歩む未来も、考えてくれないか?」
懇願にも似た声色で頼み込み、兄は切なげな表情を浮かべる。
普段は堂々としていて、迷いがないのに……今は少しでも力を加えたら、崩れてしまいそうなほど脆く見えた。
『それだけ真剣なんだ』と痛感する中、私はそっと眉尻を下げる。
彼の気持ちと、どう向き合えばいいのか分からなくて……。
「で、でも私達は兄妹で……中身は他人と言えど、一生を共にするのは困難じゃ……?」
「いや、大丈夫だ。僕達は異母兄弟だから、結婚しても問題ない。周囲に白い目で見られる可能性はあるかもしれないが……ちゃんと守る。だから、僕を男として見てくれ……『兄妹だから』と選択肢から外されるのは、御免だ」
『せめて、チャンスが欲しい』と強請り、兄は僅かに顔を歪めた。
今にも泣きそうな表情を浮かべる彼を前に、私はギュッと胸元を握り締める。
正直凄く混乱しているけど、お兄様はきっとかなり勇気を振り絞って打ち明けてくれた筈。
なら、それに応えたい。
「分かりました。お兄様のこと、ちゃんと考えてみます」
兄妹という意識を捨てるのは容易じゃないが、それでも一人の人間として彼の気持ちに向き合おうと決心した。
真っ直ぐに前を見据える私の前で、兄は表情を和らげる。
「ああ、いい返事を期待している」
そう言うが早いか、兄は私の右手を持ち上げ────軽く口付けた。




