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名前と温もり

「────お前自身の名前が知りたいんだ」


 『前世の私を知りたい』と捉えられる一言に、ハッと息を呑む。

と同時に、少しだけ胸が高鳴った。


「あ、朱里です……ファミリーネームは山下」


「アカリ・ヤマシタか!いい名前だな!って、俺には響きくらいしか分かんねぇーけど!でも、お前の名前だって思うと特別に思えるんだ!」


 ニカッと歯を見せて笑い、リエート卿は握った手に力を込める。


「じゃあ、これからは『アカリ』って呼んでもいいか?」


「えっと、プライベートの時であれば」


「おう!それはもちろん!」


 『公式の場では、“リディア”って呼ぶ!』と断言し、リエート卿は少しばかり頬を赤くした。


「なんか、秘密の愛称みたいでいいな!」


 サンストーンの瞳をうんと細め、リエート卿は喜びを露わにする。

呼び方を使い分けるなんて面倒な筈なのに、彼はポジティブに捉えてくれていた。


 私のことを知ってくれるだけでも、有り難いのに……その上、受け入れてくれるなんて。

リエート卿は本当に優しいわね。それに凄く温かい。まるで、太陽みたいな人だわ。


 『リディアが惹かれるのも分かる気がする』と考える中、リエート卿は突然表情を引き締める。

まだ何か話があるのか、随分と気を張っていた。

『名前のくだりは本題の前フリ?』と首を傾げる私の前で、彼は大きく深呼吸する。

そして気持ちを落ち着けると、真っ直ぐにこちらを見据えた。


「アカリ、皆のところへ行く前にもう一つだけいいか?」


「はい」


 両親も心を整理する時間が必要だろうと思い、私はすんなり了承した。

『多少長引いても構わない』と示す私を前に、リエート卿意を決したように口を開く。


「俺は────アカリが(・・・・)好きだ」


「!?」


 突然の告白に思わず固まる私は、目を白黒させた。

だって、こんなの……完全に予想外だったから。

一瞬、親愛という意味の好きかとも考えたが……真剣な様子のリエート卿を見ていると、嫌でも本気なんだと気づかされる。


「ぁ……その……私は……」


 どう反応していいのか分からず戸惑っていると、リエート卿はいつものように笑った。


「別に無理して、リアクションを取ろうとしなくていい。返事はまた今度でいいから」


 『いくらでも待つ』と述べ、リエート卿はじっと私の手の甲を眺める。


「なんつーか、ただ知っておいてほしかっただけ。俺は本物のリディアとか関係なく、お前が好きなんだよって」


 『幸か不幸か、俺は本物のリディアのことを知らねぇーし』と語り、私の手に額を押し当てた。


「最初から、ずっとアカリだけを見ていた。これはお前にだけ向けられた、純粋な愛情だ」


 私という存在を全面的に認め、リエート卿はそっと顔を上げる。

サンストーンの瞳に、狂おしいほどの熱を滲ませながら。


「俺は何があっても、アカリの味方だから」


 『これは永遠に変わらない』と断言し、リエート卿は手の甲に口付けた。

まるで、自分の言葉に……想いに、誓いを立てるように。


 私は所詮、リディアの偽物で……代替品に過ぎないと思っていたけど、そっか。

────アカリ()の手で築き上げたものは、ちゃんとあるんだ。


 ずっと『リディアのもの』という意識が強く、功績も物も人間関係もどこか借り物のように感じていた。

唯一、自分の力で得られたと思えるのはルーシーさんとの繋がりくらいだろうか。

だから、リエート卿にアカリ(私自身)が好きなんだと言われ、胸を打たれた。


「ありがとうございます、リエート卿」


 ふわりと柔らかい笑みを零し、私は繋いだ手を握り締める。

『おかげですっかり元気になりました』と言うと、彼はホッとしたように表情を和らげた。


「礼なんていいって!それより、早く行こうぜ!これ以上遅れたら、ニクスに怒られそうだ!」


 そう言うが早いか、リエート卿はスクッと立ち上がり歩き出す。

いつもより、ほんの少し歩調を速めて。

でも、決してこちらの気遣いは忘れず……また、会話が途切れることもなかった。


 そのおかげか、退屈することなくあっという間に馬車へ辿り着き、家族へ引き渡される。

『じゃあ、また後でな!』と告げる彼に頷き、私は家族と共に皇城を出た。

そして、昼食のために予約したと思われるレストランまで行き、顔を突き合わせる。

個室のため逃げ場はなく空気も重いが、思ったより落ち着いていた。


 リエート卿に元気づけてもらったおかげかしら?


 まだ彼の温もりが残っている左手を見つめ、私はスッと目を細める。

『リエート卿には感謝しないと』と温かい気持ちでいっぱいになる中、両親はふと顔を上げた。

と同時に、食事する手を止める。


「リディア……の憑依者、話をする前にまず名前を聞いてもいいか?」


「もちろん、嫌なら構わないのだけど……」


 いつまでも『リディアの憑依者』と呼ぶのは憚られるのか、そう申し出る。

どことなく申し訳なそうな表情を浮かべる二人に、私は内心首を傾げた。

『もっと手荒な対応をされるかと思ったのに』と思案しつつ、カトラリーをテーブルに置く。


「アカリ・ヤマシタです」


「そうか」


「じゃあ、とりあえずアカリって呼ぶわね」


「はい」


 間髪容れずに頷くと、母は少し嬉しそうに頬を緩めた。

『名前で呼んでいいのね』と目を細め、噛み締めるように私の名前を言う。

それは呼び掛けるというより、何度も口に出して脳に刻み込んでいるといった方が的確だった。

恐らく、私とリディアを切り離して考えようとしているのだろう。


「あの……それで、憑依の件なのだけど────」


 恐る恐るといった様子で話を切り出す母は、ギュッと胸元を握り締めた。

かと思えば、苦しげに顔を歪める。


「────本当にごめんなさい」


「えっ?」


 予想と全く違う反応を返され、私は思わず硬直した。

訳が分からず呆然としていると、今度は父が頭を下げる。


「私達家族の事情に巻き込んだこと、心より謝罪する」


「それから、リディアのために生きてくれてありがとう。今までずっと辛かったでしょう?相談する相手も居なくて、一人で頑張るしかなかったでしょうから」


 憑依の件を不問にするどころかこちらの苦労を思い、気遣ってくれた。

『これは夢なのでは?』と疑いたくなるような対応の数々に、私は目を丸くする。


「わ、私のことを責めないのですか……?」

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