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「いや、仮にそうだとして……当時のリディアは六歳だろう?まだ洗礼式を受ける前じゃないか」


 『ギフトを提供なんて、出来るのか?』と問い質す兄に、ルーシーさん……ではなく、リエート卿が回答を口にする。


「洗礼式はあくまで、神より賜った力を確認(・・)する儀式。力そのものは誕生した時点で、授かっている。だから、一応……可能ではあるんじゃないか?」


 『洗礼式の前にギフトの力を発揮するやつも、たまに居るし』と補足し、リエート卿は額に手を当てた。

ルーシーさんの考えを否定する材料がなくなり、戸惑っているのだろう。

聖騎士としては、神の恩恵を取り引きするなど……想像したくもない発想の筈だから。

『ふぅ……』と息を吐き出す彼を他所に、ノクターン皇帝陛下はこちらへ視線を向ける。


「ちなみに取られたギフトが何か分かるかい?」


「えっと……ルーシーさん曰く、『魔力無限』というギフトらしいです」


「はぁ……これはまた厄介なものを渡してくれたな」


 思わずといった様子で愚痴を零し、ノクターン皇帝陛下はやれやれと(かぶり)を振った。

落胆を見せる彼の前で、私は慌てて弁解へ走る。


「あ、あの……リディアは多分、相手が魔王だって知らなかったんだと思います。知っていたら、取り引きなんてしなかったかと……」


「何故、そう言い切れるんだ?君は本物のリディア嬢と話したことなどないだろう?」


「それは……そうですけど、でも────リディアは自分の大切な家族を傷つけれるかもしれない存在に、手を貸したりしません」


 確かに私はリディアと話したことも、顔を合わせたこともない。

ただ、使用人から過去の話を聞いたりリディアの痕跡を見つけたりする度、『嗚呼、この子は本当に愛されたかっただけなんだな』って思う。

だって、家族と関係のあるものは全て大切に扱っていたから。

これほど純粋で真っ直ぐな子が、魔王の手に落ちるとは考えにくい。


「私はリディアのことを信じます」


 王様相手に無礼かもしれないが、ここだけは譲れなくて……しっかりと自分の意見を述べた。

すると、ノクターン皇帝陛下はもちろん……両親や兄まで目を剥いて固まっている。

ここまでハッキリ物押すことは少ないので、かなり衝撃を受けているようだ。

『ちょっと言い過ぎたかしら……?』と不安に思っていると、ノクターン皇帝陛下がスッと目を細める。


「そうか……君は本当に優しい子だね。こんなことを言ったら、怒られてしまうかもしれないが────リディア嬢に憑依したのが、君で良かったよ」


「!」


 憑依したことを疎まれこそすれ、喜ばれるとは思ってなかったため、思わず泣きそうになった。

が、(すんで)のところで何とか堪える。

グッと唇に力を入れる私の前で、ノクターン皇帝陛下は穏やかに微笑んだ。


「先程の態度について、謝罪させておくれ。私が幼稚だった。本当にすまない」


「い、いえ……そんな……!陛下は当たり前の疑いを持っただけで……!私こそ、ムキになってしまって申し訳ございません!」


 慌てて頭を下げる私に、ノクターン皇帝陛下は『()()い』と笑う。

────と、ここで昼の十二時を知らせる鐘が鳴った。


「おっと……もうこんな時間か。そろそろ、公務に戻らなければ」


 急遽予定を空けてもらったためこのあと立て込んでいるのか、ノクターン皇帝陛下は急いで席を立つ。


「すまないが、今日の話し合いはここまでだ。各自帰路につくように」


 『あっ、昼食を希望する場合は侍従に言ってくれ』と付け足し、ノクターン皇帝陛下は扉へ足を向けた。

いそいそと部屋を出ていく彼に、私達は慌ててお辞儀する。

間もなくして、パタンと閉まる扉の音が鼓膜を揺らした。


「さて、私は真っ直ぐ学園に戻るつもりだが……君達はどうする?」


 『良かったら、乗せていくよ』と申し出るレーヴェン殿下に、ルーシーさんが真っ先に反応を示す。


「私もこのまま学園に帰ります」


「んじゃ、俺も」


 『どうせ、やることねぇーし』と言い、リエート卿は頭の後ろで腕を組んだ。

恐らく、レーヴェン殿下とルーシーさんを二人きりにしない配慮もあるのだろう。

年頃の男女が相乗りなんて、誤解を生みかねないから。

『なら、私も乗った方がより安全よね』と思案する中、父がチラリとこちらに視線を向けた。


「ニクスとリディア……の憑依者は私達と来てくれ。一緒に食事でもしよう」


 家族としてこれからどうするのか話し合いたいのか、父は『久々に皆揃ったんだから』と述べる。

どことなくぎこちない態度を取る彼に、私は笑って頷いた。

少し痛む胸を押さえながら。


 こうなることは覚悟の上だったけど……実際によそよそしい態度を取られると、心に来るわね。

でも、耐えなきゃ……これが私の背負った業なのだから。


 『逃げてはいけない』と自分に言い聞かせていると、兄も食事の誘いを了承する。

そして、この場を後にしようとしたとき────


「馬車まで、リディアをエスコートしてもいいですか?」


 ────リエート卿が片手を挙げて、そう申し出た。

この暗い雰囲気を払拭するためか明るく振る舞い、こちらに手を差し出す。


「少し話があるんだ。いいか?」


「は、はい。私は構いませんけど……」


 チラリと家族の顔色を窺うと、父が小さく首を縦に振った。


「好きにしなさい。我々は先に馬車まで行く」


 別行動を取るための申し出だと気づいていたのか、父は気を利かせてさっさと退室した。

それに、母や兄も随行する。

少し遅れて、レーヴェン殿下とルーシーさんも部屋を出ていった。

二人きりになった室内で、リエート卿はこちらを見て笑う。


「そんじゃ、俺らも行こうぜ。あんま遅くなると、ニクスに文句を言われそうだし」


 『歩きながら話そう』と主張する彼に、私はコクリと頷いた。

と同時に、手を重ねる。


 憑依の件を明かしてから、リエート卿と二人きりになるのは初めてね。


 『なんだか、変な感じ』と思いながら、私はリエート卿と共に廊下へ出た。

話し合いのために人払いされていた影響か、ここには私達しか居ない。

シーンと静まり返った廊下で、リエート卿は不意に立ち止まった。

かと思えば、私の前に躍り出る。

『えっ?』と声を漏らして困惑していると、彼は手を握ったまま跪いた。


 こ、これは一体どういう……?


 行動の真意が掴めず、私はパチパチと瞬きを繰り返す。

戸惑いを隠し切れずにいる私の前で、リエート卿は僅かに表情を強ばらせた。

何やら緊張しているらしく、こちらを見つめるサンストーンの瞳は真剣味を帯びている。


「あの、さ……」


「はい」


「名前、聞いてもいいか?」


「えっ?それなら、もう知って……」


「いや、違う違う。そっちじゃなくて────」


 慌てた様子で首を横に振り、リエート卿はじっと私の目を見つめた。


「────お前自身の名前が知りたいんだ」

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