公爵夫妻の懺悔
「貴方は……リディアは私達の子供よ!誰がなんと言おうと、それは変わらないわ!だから、そんな……悲しいことを言わないで!」
私の頬を包み込む手に力を込め、公爵夫人は目にいっぱいの涙を溜めた。
と同時に、そっと目を伏せる。
「あぁ、でも違うわね……そんなことを言わせてしまったのは、きっと私達のせい。しっかり貴方と向き合おうとせず、ずっと逃げてきたから……」
グッと唇を噛み締めて後悔する公爵夫人に、公爵はピクッと反応を示した。
かと思えば、半ば項垂れるようにして首を縦に振る。
「そう、だな……仕事なんて一日くらい休んでも問題なかったのに、家庭から遠ざかって……全てを見ないフリしてきた」
『ずるい大人のやり口だ』と自嘲し、公爵は目頭を押さえた。
涙を堪えるように。
「……どうすればいいのか、分からなかったんだ。ルーナ以外の女が生んだ子を私だけは拒絶しないといけない、と思っていたから……受け入れてしまうのが、怖かった」
不意打ちのような形だったとはいえ、浮気したのは事実なので率先してリディアの話を出来なかったのだろう。
最悪、藪蛇になる可能性があるため。
『尻込みする気持ちも分かる』と納得する中、公爵はゆっくりと立ち上がった。
「それでも、私はリディアのことを受け入れてきちんと親として振る舞うべきだった。今では、とても反省している。本当にすまなかった」
私の前まで来て頭を下げ、公爵は心より詫びる姿勢を見せた。
すると、公爵夫人もそれに倣うように居住まいを正してお辞儀する。
「心から、謝罪するわ。ごめんなさい」
「無論、『許してほしい』とは言わない……いや、言えない。『家を出る』と言うほど、追い詰めてしまったからな」
『本当に申し訳ない限りだ』と肩を落とし、公爵はじっと目を瞑る。
不甲斐ない自分を責めるように。
『まだこんなに小さい子になんて仕打ちを……』と猛省する彼の前で、公爵夫人は顔を上げた。
かと思えば、ギュッと私の手を握る。
「でも、もし可能なら────親子として、やり直すチャンスをくれないかしら?」
「!」
大きく目を見開いて固まる私は、公爵夫妻を凝視した。
正直、とても有り難い申し出だけど……二人は無理してないかしら?
だって、それぞれリディアには複雑な感情を抱いているのでしょう?
ソレを押し殺して接するのは、かなり辛いと思うけど……。
などと思いつつ、私は月の瞳とタンザナイトの瞳を交互に見つめる。
「公爵と夫人の負担になるのでは?」
「そんなことないわ。最初はギクシャクしちゃうかもしれないけど、リディアと親子になるまでの道のりだと思えば全然平気よ。むしろ、楽しいわ」
「そもそも、リディアと親子になることを『負担』とは呼ばない。それは幸福と呼ぶんだ」
力強い口調でハッキリ否定してくる公爵夫妻に、私は心を打たれた。
泣きたいような……嬉しいような気持ちでいっぱいになり、ギュッと胸元を握り締める。
「そこまで仰っていただけるのなら、是非────私も親子をやり直したいです」
泣き笑いに近い表情を浮かべてそう言い、私はうんと目を細めた。
『これでリディアの願いを叶えられる』という安堵と、『この世界で新たな家族を見つけられた』という幸福を噛み締めて。
「本当に?嬉しいわ。ありがとう、リディア」
公爵夫人は弾けるような笑顔を見せて、私に抱きついてきた。
『もう二度と貴方を悲しませない!』と覚悟を示す彼女の前で、公爵は私の肩に手を置く。
と同時に、少しばかり身を屈めた。
「では、まず親子になる第一歩として────私達のことを『お父様』『お母様』と呼んでもらえないだろうか?」
『もちろん、強制はしないが……』と述べ、公爵はこちらの反応を窺う。
どことなく不安そうな彼を前に、私はふわりと柔らかく微笑んだ。
「はい、お父様」
早速公爵の呼び方を改めてみると、公爵夫人が顔を近づけてくる。
「ねぇ、リディア。私のことも!」
「ええ、お母様」
ニコニコと笑いながら要望に応え、私は喜びを露わにした。
父・母と呼んでいい事実が、どうしようもなく嬉しくて。
家族として受け入れてもらえた実感を覚える中、視界の端に小公爵の姿を捉える。
と同時に、ハッとした。
小公爵は気を悪くしていないかしら?
だって、魔力暴走に至った経緯は多分……妾の子であるリディアが、自分や母のことを『お兄様』『お母様』と呼んだからでしょう?
それなのに、これは……。
『さすがに配慮が足りなかったか』と悩み、私は今からでも呼び方を戻そうか思案する。
────と、ここで小公爵がこちらを向いた。
「何でそいつを受け入れる流れになっているんだ……僕達家族を壊した元凶なのに」
『おかしいだろ』と吐き捨てる小公爵に、両親は目を剥く。
と同時に、彼の方を振り返った。
「ニクス、貴方何を……!」
「リディアは何も悪くないだろう!」
厳しい顔つきで小公爵のことを捉え、両親は反論を試みる。
が、
「────ま、待ってください!」
私が制止の声を掛けると、二人はピタッと身動きを止めた。
困惑気味にこちらを見つめる両親の前で、私はそっと眉尻を下げる。
「どうか、小公爵の気持ちを否定しないであげてくれませんか?」
穏やかな声色でそう言うと、両親は衝撃を受けたかのように固まった。
小公爵も信じられない様子でこちらを見つめ、怪訝そうに眉を顰める。
『何故だ?』と言わんばかりに目を白黒させる彼の前で、私はスッと目を細めた。
小公爵の気持ちはリディアからすれば、理不尽なものだけど……でも、拒絶反応を示してしまうのは仕方ない気がするの。
いきなり家族がバラバラになって、孤独を強いられていた訳だから。
リディアを忌み嫌うのは……恨んでしまうのは、ある意味当然と言えた。
『彼だって、被害者なんだ』ということを再度認識しつつ、私はそっと自身の胸元に手を添える。
「小公爵の嫌という思いを尊重してあげてください。両親であるお二人まで、彼の感情を拒絶してしまったら……行き場がなくなってしまいます。私のことはいいので、小公爵の本心と向き合ってあげてほしいんです」
「「リディア……」」
複雑な感情を露わにしながら俯き、両親は迷いを見せた。
このまま私の提案を受け入れていいのか、分からないのだろう。
『私達は一体、どうすれば……』と思い悩む二人を他所に、小公爵は
「何で……」
と、小さく呟いた。
かと思えば、悲痛の面持ちでこちらを見据える。
「何で僕のこと、怒らないんだよ……?魔力暴走を引き起こしてさんざん迷惑を掛けた挙句、お前の存在を拒絶したのに……」