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学園祭の後片付け

◇◆◇◆


「ねぇ、リディア。この衣装、どうする?」


 そう言って、ルーシーさんはローブと仮面をヒラヒラと振った。

その後ろで、クラスメイトの男子達が大道具や小道具を運び出していく。

『これは処分?寄贈?』と質問し合う彼らは、学園祭の後片付けに集中していた。


「ルーシーさんは、どうされるんですか?」


「私はとりあえず、記念に貰っておこうかな〜って思っている。場合によっては、このまま処分されちゃうみたいだし。それはさすがに勿体ないじゃん?」


 小脇に抱えたドレスを見つめ、ルーシーさんは『もう着る機会なんて、ないと思うけど』と苦笑。

もしこのまま聖女になれば普段着はもちろん、式典やパーティーの衣装も決められているため、観賞用になる未来しか見えないのだろう。

でも、思い出の品としての価値は計り知れないもので……取っておきたい気持ちはよく分かった。


「では、私も同じようにします」


「オッケー。じゃあ、レーヴェンにそう伝えてくるわー」


 ステージの上に立つ銀髪の美青年を指さし、ルーシーさんはさっさとこちらに背を向ける。

『また後でね』と手を振る彼女に、私はペコリと頭を下げた。


 さてと、私も仕事に戻ろう。


 人で溢れ返った一階のホールを一瞥し、私は手元の資料に視線を落とす。

学園から借りた物品のリストを前に、私はクラスメイトへ指示を出した。

公爵令嬢という立場上、雑用などはやらせてもらえないため。

何より、レーヴェン殿下に全ての指揮を任せるのは少々無理があった。


 まあ、こうやって振る舞えるのも今日で終わりかもしれないけど。

何故なら、明日────皇城にて、憑依のことを話すことになっているから。


 皇帝陛下や両親からの手紙を思い浮かべ、私はそっと眉尻を下げる。


 両者とも、『とりあえず、話を聞きたい』というスタンスだったけど、内心はどう思っているのかしら?


 もう腹を括ったとはいえ、不安の尽きない私はキュッと唇に力を入れる。

『最悪、勘当や投獄も有り得るのかな』と考えながら、自分の役割をこなした。

そうこうしている内に後片付けは終わり、


「皆、本当にお疲れ様。もう帰っていいよ。明日から学園は三日ほど休みだから、しっかり体を労わってね」


 と、レーヴェン殿下のお言葉を頂き解散した。

ゾロゾロとホールから出ていくクラスメイト達を前に、私も一旦寮へ戻ろうとする。

────と、ここで両肩に手を掛けられた。


「リディア、ちょっと来い」


「明日の話し合いの前に、伝えたいことがある」


 聞き覚えのある声に導かれ、後ろを振り返ると────そこには、案の定兄とリエート卿の姿があった。

時間を置いたおかげか、二人は随分と落ち着いており概ねいつも通りに見える。

ただ、表情は若干強ばっていた。

やはり、緊張しているのだろう。


 あんなことがあった直後だものね。


 肩に載った大きな手と真っ直ぐな瞳を交互に見つめ、私は小さく深呼吸。

『大丈夫』と自分に言い聞かせ、体ごと後ろへ向けようとした。

その瞬間────


「「リディア(嬢)……!」」


 ────今度は両手を引かれた。

突然のことに驚いて踏ん張れなかった私は、少し前のめりになる。

が、何とか転倒は回避した。

『危ない危ない』と肝を冷やす中、前に立つ二人は厳しい表情を浮かべる。


「ニクス様、リエート様。リディアに何の用ですか?」


「話し合いは明日の予定だよね?なのに、どうして接触を?」


 『例のことなら明日話すよ』と言い、レーヴェン殿下は兄の手をそっと下ろす。

その横で、ルーシーさんもリエート卿の手を叩き落とした。


「あの、お二人とも……私は大丈夫ですから。覚悟は出来ています」


 『お気持ちは嬉しいですけど……』と苦笑しつつ、私はレーヴェン殿下とルーシーさんを宥めた。

帝国や神殿の今後を担っていく二人と、それを支える兄達が仲違いすれば不味いことになる。

なので、穏便に済ませたかった。

『お二人は寮に戻ってください』と促す中────何故か、後ろから溜め息が聞こえてくる。


「いや、覚悟って……もしかして、俺達めちゃくちゃ警戒されている?」


「……チッ」


 嘆くリエート卿に反して、兄は苛立たしげに眉を顰めた。

が、一度深呼吸して気持ちを落ち着ける。

さすがにここで怒鳴り散らすのは不味い、と判断したようだ。


「そんなに心配なら、殿下達もついてきてもらって構いません。見られて困るようなことは、何もないので」


「……なら、お言葉に甘えて」


「遠慮なく」


 兄達の態度を見て思うことがあったのか、ルーシーさんとレーヴェン殿下は提案を受け入れた。

さっきまで、接触そのものを警戒していたのに。

少しばかり肩の力を抜く二人の前で、兄とリエート卿は歩き出す。

行き先は案の定とでも言うべきか、生徒会室だった。


 何故だか、とても懐かしい気持ちになるわね。

昨日だって、ここへ来たのに。


 幸せだった頃の記憶が薄れているからか、どうも落ち着かない。

『ここへ来るのも今日で最後かな』なんて思いながら、一先ず席に着いた。

真新しい長テーブルを眺めつつ、私はギュッと胸元を握り締める。


「それで、えっと……お話というのは?」


 なんだか居た堪れない気持ちになってしまい、私は早速話を切り出す。

多分、思い出の詰まったこの場所に長く居たくなかったんだと思う。

どうしても、名残惜しく感じてしまって。

『未練なんて、残しちゃダメよ』と自分に言い聞かせる中、兄とリエート卿は互いに顔を見合わせた。

かと思えば、どちらからともなく頷き合い、こちらへ視線を向ける。


「リディア、先に言っておく。僕達はお前を責めるつもりもなければ、蔑ろにするつもりだってない」


「完全に『今まで通り』とはいかないだろうけど、俺達なりの関わり方っつーか、新しい関係性?を見つけて行ければと思う」


「!!」


 非常に前向きな……まるで夢のような言葉を投げ掛けられ、私は固まった。

レーヴェン殿下やルーシーさんも、少し驚いたように目を剥く。

────と、ここで兄とリエート卿が席を立った。


「確かに僕達はずっと騙されてきたかもしれない。でも、それには必ず事情があると思っている」


「何より、リディアの取ってきた言動が全て嘘だとは思えないからな」


 左右に分かれてグルッと長テーブルを回ってきた二人は、こちらまでやってくる。

そしてポンッと私の頭や肩に手を置き、後ろから顔を覗き込んできた。


「「僕達(俺達)僕達(俺達)の見てきたリディアを信じたい」」


「っ……!」


 約十年、皆を欺いてきた。

リディア・ルース・グレンジャーの人生を歩んできた。赤の他人である私が。

それなのに、いいのだろうか?許されて……変わらず、接してもらって。

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