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学園祭最終日

◇◆◇◆


 ────学園祭一日目は無事終了し、二日目・三日目は忙しなく過ぎていった。

というのも、ルーシーさんからの情報提供や兄達の個人発表があったため。

おかげで、かなりハードなスケジュールをこなすことになった。

『ある意味、修羅場だったわね』と苦笑する中、リエート卿は机に突っ伏す。


「あーーー……疲れたぁ」


「お前はまだマシだろう。僕は魔王戦の話し合いに加えて、論文発表だぞ」


 『オークションだった分、楽だろう』と指摘し、兄は眼鏡を押し上げた。

『だらけるな』と注意する彼の前で、リエート卿は大きく息を吐く。


「心情的には、かなり疲れたって。兄上が競う相手も居ないのに、どんどん入札額をつり上げていくから……」


「確かにあれは凄かったね」


 『最終的には二億金貨で落札されたんだっけ?』と言い、レーヴェン殿下が苦笑を浮かべる。


「私もちょっと狙っていたんだけどね。風魔法の扱い方を記した本なんて、なかなか手に入らないから。でも、一日目に思ったよりお金を使ってしまって……断念せざるを得なかったんだよ」


 『非常に残念だ』と零し、レーヴェン殿下は小さく肩を竦めた。

かと思えば、ふと周囲を見回す。


「ところで、そのアレン小公爵はどうしたんだい?」


 昨日まで自由に生徒会室を行き来していた御仁の姿が見当たらず、レーヴェン殿下は首を傾げる。

『昼から来る予定なのかな?』と思案する彼の前で、兄はおもむろに顔を上げた。


「ウチの両親と一緒に一足早く帰りました。恐らく、魔王関連かと」


「あぁ、なるほど。名前が判明したから、資料を読み漁っているのか。上手く行けば、更なる情報を手に入れられるから」


 たかが名前と思うかもしれないが、魔王の正体は謎に包まれていたため、何かヒントになるかもしれない。

特にグレンジャー公爵家やクライン公爵家は歴史の長い家門だから、ハデスに関する記述が残っていてもおかしくなかった。


「まあ、三人ともすげぇ嫌がってましたけどね。ここまで来たら、最終日も楽しみたいって」


 『子供みたいに駄々を捏ねていた』と語り、リエート卿は苦笑を零した。

気持ちは嬉しいが、大人組の必死さにちょっと引いてしまったのだろう。


「それより、俺達はこれからどうする?このまま生徒会室に残って仕事や勉強をしていてもいいけど、さすがにちょっと退屈すぎないか?」


 『せっかくの学園祭最終日なのに』と零し、リエート卿は身を起こす。

悩ましげな表情で顎を撫で、重心を後ろに傾けた。

その際、椅子の前足が浮く。


「俺とニクスにとっては最後で、リディアやルーシー、レーヴェン殿下にとっては初めての学園祭。どうせなら、思い出を作っておきたいよな」


「そうは言っても、一体何をすれば……?だって、皆の個人発表はもう終わっちゃったし、クラスの出し物も粗方見ちゃったし」


 テーブルの上で頬杖をつき、ルーシーさんは『あと、なんかやり残したことってあった?』と問う。

でも、皆特にないのかシーンとなった。


「あっ……じゃあ、各クラスの出し物をもう一度回るのはどうですか?」


「いや、絶対に時間足りないでしょ」


 『終わらないって』と指摘するルーシーさんに、私はぐうの音も出なかった。

確かにちょっと無理があるな、と思ったから。


「まあ、ここでグダグダ考えていても始まらねぇーし、一旦外に出ようぜ」


 『適当に辺りを散策しながら考えよう』と提案し、リエート卿は立ち上がった。

『ほら、行くぞ』と言う彼に急き立てられ、私達も席を立つ。

────と、ここで動物の鳴き声が耳を掠めた。


「あら、こんなところに猫さんが」


 どこから入ってきたのか……窓の縁に立つモフモフを見つけ、私は驚く。

『まさか、三階までジャンプしてきたのか?』なんて思いながら、傍に近寄った。

赤ずきんちゃんのような頭巾を被る猫に手を伸ばし、そっと抱き上げる。


「誰かのペットでしょうか?」


「服を着ているってことは、そうじゃない?」


「そもそも、アントス学園に野良猫は居ないしな」


「全く……飼い主には困ったものだ。ペットの同伴は全てお断りだと、事前に通達している筈なのに」


 『見つけ出して叱らないと』と憤慨し、兄は小さく(かぶり)を振った。

規則を破った挙句、ペットを野放しにする飼い主に呆れ返っているのだろう。


「では、とりあえず飼い主を探しに行きましょうか」


「チッ……!面倒だけど、しょうがないな」


「どうせ暇だし、別にいいだろ」


 『これもいい思い出になる』と語り、リエート卿はこちらに手を伸ばした。


「リディアには、重いだろ。抱っこ代わるぜ」


 そう言って、リエート卿は猫さんを抱き上げようとする。

だが、しかし……まさかの猫パンチで、撃退されてしまった。

幸い直撃することはなかったが、これだと抱っこは難しい。


「男は嫌なのかも」


 『どの動物にも女好きは居るし』と言い、ルーシーさんはこちらへ近づいた。

恐らく、その仮説を試すつもりなんだろうが……猫さんにシャーッと威嚇されてしまう。


「特待生の方が嫌われているみたいだな」


「何で……!?」


 ショックを受けたように固まるルーシーさんは、『私、猫好きなのに……!』と嘆く。

絶望に打ちひしがれる彼女の前で、兄は小さく肩を竦めた。


「仕方ないな。ここは僕がお手本を見せてやろう」


 そう言うが早いか、兄はあっさり猫さんを抱き上げる。

猫パンチはもちろん、威嚇もない。

ただ、猫さんはこちらを見てニャーニャー鳴いていた。

どうやら、私の腕に戻りたいらしい。


「な、何で……!?ニクス……様はめちゃくちゃ意地悪なのに!」


「そうだ、そうだ!納得いかねぇ!」


 『見る目ないだろ、この猫!』と叫び、リエート卿はルーシーさんと共に騒ぐ。

が、兄はどこ吹く風。


「リディア、レーヴェン殿下。飼い主を探しに行きましょう」


 リエート卿とルーシーさんを完全に無視し、兄は扉へ向かった。

さっさと捜索を始めようとする彼の前で、私は苦笑を零す。

が、隣に立つレーヴェン殿下の表情は妙に硬かった。


「あの……どうかなさいましたか?」


「……いや、何でもないよ。多分、僕の考え過ぎだろうから」


「?」


 訳が分からず首を傾げる私に、レーヴェン殿下はニッコリと微笑んだ。

そして詮索を避けるように兄の後ろへ続き、会話を打ち切る。

なんだか誤魔化されたような気がしてならないが、言いたくないことを無理やり聞き出すのはダメかと思い、諦めた。

何より、レーヴェン殿下はああ見えて頑固だから喋らないと決めたら絶対に曲げない筈。


「リディア、早く来い。あと、そこの馬鹿共も」


 半分廊下に出た状態でこちらを振り返り、兄は『何ボサッとしている』と注意した。

『置いていくぞ』と述べる彼を前に、私達は慌てて生徒会室を飛び出す。

やっぱり、猫さんのことが気掛かりで。

しっかり、飼い主を見つけてあげたかった。


「とりあえず、先生方に話を通してどこかに隔離するか。さすがに連れ歩く訳には、いかないからな。あとは地道に聞き込みを……」


「────その猫、見せてもらってもいいかな?」


 捜索の詳細について詰める兄の言葉を遮り、何者かが姿を現した。

それも、瞬きの間に。


「あぁ、やっぱり僕の猫だ。保護してくれていたんだね、ありがとう」


 瞬間移動と言うべき速さで兄の前に立ち、勝手に腕の中を覗き込んだ男性はニコニコと笑う。

呆気に取られる私達を他所に、彼は猫さんを抱き上げた。

ミャーと機嫌よく鳴く猫さんを腕に収め、満足そうに目を細める。

夜空のように真っ暗な瞳は、とても穏やかなのに……感情(温もり)を感じられない。


「全く、急に居なくなるからビックリしたよ。一体、何がそんなにお前の気を引いたんだい?普段は僕にベッタリなのに────おかげで、目的を果たせなかったじゃないか」


 見たかった出し物を断念したのか、男性は『困ったものだ』と零す。

すると、猫さんがニャーと鳴いてこちらを見た。

それに釣られるように、男性も顔を上げる。

ちょっと癖毛がちな黒髪を揺らしながら。


「おや?君は……」


 私を知っているのか、男性は驚いたように目を見開いた。

かと思えば、愉快げに笑う。


「なるほど────リディア・ルース・グレンジャーの人生を受け継いだ(・・・・・・・・)君は、そちら側についたのか。これはちょっと予想外」


「「!?」」


 まるで憑依のことを知っているような口ぶりの男性に、私とルーシーさんは動揺を示した。

だって、このことは私達しか知らない筈だから。

少なくとも、私はルーシーさんにしか憑依のことを明かしていない。

つまり────


「────憑依前のリディアから、事のあらましを聞いている……?」

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