妖精結晶《ルーシー side》
どうもフィリアに魔導師というイメージがなく、勝手に選択肢から排除していた。
よく考えてみれば、校舎裏でも姿を隠すため魔法を使っていたのに。
『ゲームでは、一度も使わなかったからなぁ』と思い返す中、フィリアは────長い爪で、突然手のひらを切った。
「えっ!?ちょっ……何を!?」
「何って、妖精結晶を作ろうとしているだけだけど」
コテンと首を傾げるフィリアは、不思議そうにこちらを見つめた。
かと思えば、ハッとしたように口元に手を当てる。
「あら、もしかして────妖精結晶の原材料が妖精の血だって、知らなかったの?」
「はっ……!?そうだったの!?」
『初耳なんだけど!?』と衝撃を受け、私はたじろいだ。
敬語が外れたことにも気づかず動揺する私を前に、フィリアはクスリと笑う。
「驚きすぎよ」
「いや、だって……!血ですよ!?もし、何かあったら……」
「大袈裟ね、全く」
呆れたように肩を竦め、フィリアは血の滲む手をギュッと握り締めた。
かと思えば、直ぐに開く。
「ほら、完成よ」
魔法か何かで固めたのか、フィリアの手には妖精結晶……もとい、血の塊が。
見た目はルビーと変わらないけど、血なんだよね。
貰っても、大丈夫なの?というか────
「────多くないですか!?」
形や大きさに差はあれど、私の目に狂いがなければ五個あるように見える。
国宝並みに貴重な妖精結晶が。
「そう?これくらい、普通よ」
「いやいや!そんな筈ないでしょう!」
ゲームでは、どんなに頑張っても一個しか貰ってなかったもん!
とは言わずに、受け取りを断固拒否する。
妖精結晶の原材料を知る前なら喜んで貰ったかもしれないが、知った以上無理だ。
フィリアの身を削って作ったと言っても過言ではないソレを、ホイホイ貰う訳にはいかない。
『いや、一個は欲しいけど!』と苦悩する中、フィリアはズイッとこちらに妖精結晶を差し出す。
「いいから、貰って」
「で、でも……」
「今日は本当に楽しかったの。人間の文化や価値観に触れられたのもそうだけど、貴方とたくさん話せて凄く幸せだったわ。こんなに充実した時間を過ごすのは、久しぶり。だから、そのお礼がしたいのよ」
両手を挙げて仰け反る私に、フィリアは尚も食い下がってきた。
どこか必死さを感じる表情でこちらに詰め寄り、私の手を取る。
あまりにも強引なフィリアに目を剥いていると、彼女は少し顔色を曇らせた。
「何より────魔王に……ハデスに立ち向かうなら、これくらい備えておかないと」
「!?」
今、魔王のこと『ハデス』って呼んだ……!?
もしかして、顔見知り!?
『てか、魔王にも名前あったんだ!』と衝撃を受ける中、フィリアは穏やかに微笑む。
でも、ちょっと寂しそう……というか、不安そうだった。
「ルーシー、私は貴方のことが大好きなの。だから────死んでほしくない。少しでも、生存率を上げたいのよ」
そう言うが早いか、フィリアは私の手に妖精結晶をねじ込んできた。
『いや、まさかの力技!?』と驚いていると、彼女はそっと眉尻を下げる。
「許されるのであれば私もハデスの討伐に加わりたいけど、妖精の掟でそれは禁じられている。私達の力は大きすぎるから、たとえ世界のためだろうと……友人のためだろうと、他種族の諍いに介入出来ない」
力になれない現状を憂いながら、フィリアは強引に妖精結晶を握らせてきた。
かと思えば、私の手を上から包み込む。
まるで、『手放さないで』とでも言うように。
「これが私の出来る精一杯なの。せめてもの手向けだと思って、受け取ってちょうだい」
「フィリア……」
懇願にも近い声色で頼み込まれ、私は迷いを抱いた。
正直、妖精結晶を五個も貰えるのは有り難い。
リディアも含めて全員に行き渡るから。
魔王戦で活躍すること、間違いなしだろう。
だから、ここは受け取るべきなんだけど……打算だらけで近づいた分、申し訳ないというか。
しかも、これフィリアの血だし。
様々な要素を並べ立て、悶々とする私はじっと手を見つめる。
『どう考えても貰いすぎだよなぁ』と考える中、ふとフィリアの手が目に入った。
その瞬間、あることを思いつく。
「────フィリアの手の怪我、治療してもいいですか?」
「えっ?」
「元はと言えば、妖精結晶を欲した私のせいだし……それくらい、させてください。そしたら、気兼ねなく妖精結晶を受け取れます」
『ちゃんとアフターケアはした、と考えられるので』と言い、ギフトの力を解放した。
まずは凝血した患部を浄化で綺麗にし、続いて治癒を施す。
見る見るうちに塞がっていく傷口を前に、フィリアは『まあ……』と声を漏らした。
「『光の乙女』の能力って、本当に凄いわね」
微かに光る患部へ顔を近づけ、フィリアはゆるりと口角を上げる。
『興味深い』と言わんばかりの反応を示す彼女の前で、私はスッと目を細めた。
「はい、完了です」
「ありがとう」
「いえ、こちらこそ。頂いた妖精結晶は、全て大事に使わせてもらいます」
妖精結晶は消耗系アイテムのため、無闇矢鱈に使うと直ぐになくなる。
なので、きちんと使いどころを見極めなければならなかった。
いそいそと妖精結晶をポケットに仕舞い、私は『大切に保管しなきゃ』と考える。
万が一、盗まれでもしたら大惨事だ。
『一旦、レーヴェンに預けておこうかな?』と悩んでいると、フィリアは満足そうに微笑む。
きっと、無事報酬を受け取ってもらえて安心しているのだろう。
「さて────そろそろ、本当にお別れね」
すっかり真っ暗になった辺りを見回し、フィリアは『残念』と肩を竦めた。
かと思えば、名残惜しそうに手を離す。
「今日は本当にありがとう、ルーシー」
寂しげな笑みを浮かべ、フィリアは一歩後ろへ下がった。
それを合図に、彼女の体は足元からサーッと消えていく。
まるで、砂の城のように。
多分、転移魔法の類いなんだろうが……何の痕跡も残さず、行ってしまうのかと思うと切ない。
『妖精の魔法って、進歩しているなぁ』と感心する余裕もなく、私は悲しみを募らせた。
そうこうしている間にも、フィリアの体は消えていき……やがて、顔だけになる。
「ねぇ、ルーシー────必ず生きて、帰ってきてね」
最後の最後まで魔王戦のことを……私の身を案じ、フィリアは完全にこの場から姿を消した。
と同時に、結界も解除される。
ありがとう、フィリア。
自分の命も、この世界も必ず守ってみせるよ。
だから、安心して。
「私には、頼もしい友人達が居るんだから」
フィリアの居た場所に向かって呟き、私は空を見上げた。
輝く星や月を眺めながら、『フィリアもこの景色を見ているといいな』と考える。
さてと!黄昏れるのはこの辺にして、リディア達のところへ行こう!
妖精結晶の事とか、魔王の事とか報告しなきゃ!
『休んでいる暇なんて、ないぞ!』と自分に言い聞かせ、私は踵を返した。




