提案
◇◆◇◆
小公爵の体をギュッと抱き締め、私は『正気に戻って』と願う。
すると────体の芯まで凍えてしまうような吹雪はあっという間に収まり、寒さも和らいだ。
春の日差しが私達の体を優しく包み込み温める中、小公爵はパチパチと瞬きを繰り返す。
「な、にが……?」
訳が分からないといった様子で辺りを見回し、怪訝そうに眉を顰めた。
どうやら、無事正気を取り戻したらしい。
『良かった』とホッと息を吐き出す私の前で、彼はふとこちらに視線を向ける。
と同時に、ピシッと固まった。
それはもう氷のように。
私に抱き締められている状況に気づいて、驚いたようね。
頭の上にたくさんの『?』マークを浮かべる小公爵に、私は内心肩を竦める。
────と、ここで公爵夫妻が駆け寄ってきた。
「「二人とも、無事(か)!?」」
慌てて私達の体を引き離し、公爵夫妻は一人一人の無事を確認していく。
そして、命に別状はなさそうだと判断すると、胸を撫で下ろした。
「良かった……本当に……良かった……」
「……心臓が止まるかと思ったぞ」
涙ぐむ公爵夫人と脱力する公爵に、私は苦笑を漏らす。
が、騒ぎを引き起こした当の本人である小公爵はとても気まずそうだ。
「あの、僕……」
「とりあえず、中に入りましょう。二人とも、体が冷えているでしょうし」
『早く暖めなきゃ』と言い、公爵夫人は私の体を支えて歩き出した。
公爵も息子の肩をそっと抱いて、後を追い掛けてくる。
助かった……手が悴んで、ちょっと辛かったから。
正直、このまま話し合いに突入していたら寒さで倒れていたかも。
などと考えながら、私は屋敷の中へ足を踏み入れる。
と同時に、隣を歩く公爵夫人を見上げた。
それにしても、公爵夫人は辛くないのかしら……?
だって、小公爵の話が正しければ────リディアは夫人の実子じゃないのでしょう?
詳しい事情は分からないけど、妾の子を傍に置くなんてかなりのストレスの筈。
それなのに、凄く気遣ってくれて……お見舞いも許可してくれたし。
見るからに優しそうな公爵夫人を一瞥し、私はそっと目を伏せた。
知らなかったとはいえ、安易に接触を図ろうとしたことが悔やまれて。
『もっと慎重に行動するべきだった』と反省する中、洋間へ通されて暖炉の前に案内された。
また、暖かいココアと毛布も支給される。
「あったかい……」
悴んだ手や震えていた足が解れ、私はホッと息を吐き出した。
隣の椅子に座る小公爵も同じく、肩の力を抜いている。
が、視界の端に私の姿を捉えると、身を硬くした。
「……」
手元のココアに視線を落とし、黙り込む彼はキュッと唇に力を入れる。
────と、ここで公爵が身を乗り出した。
「それで、何がどうなってあんな事態になったんだ?」
どこか重苦しい口調で話を切り出す公爵に対し、小公爵は言い淀む。
居心地悪そうに身を竦める彼の前で、私は顔を上げた。
「あの────私が悪いんです。小公爵の気に障るようなことを言ってしまったから……」
嘘にならないよう気をつけながらも、『彼は悪くない』と庇う。
だって、小公爵の境遇を考えたら責めるのは可哀想で。
きっと、私が余計なことを言わなければこんなことにはならなかっただろうから。
途中まで紳士的な対応をしてくれていた小公爵を思い出しつつ、私は居住まいを正す。
「それより、リディアの出生について教えていただいても、よろしいですか?」
話題を逸らすついでにずっと気になっていたことを尋ねると、公爵夫妻はハッと息を呑んだ。
『そういえば、ニクスが……』と小公爵の発言を思い返す二人の前で、私は慌てて弁解する。
「実は以前から、気になっていて……周囲からの対応が、よそよそしかったものですから。腫れ物に触るよう、と言いますか……」
小公爵の発言が原因ではないことをアピールしつつ、私は『いい加減、理由を知りたい』と主張した。
すると、公爵夫妻は互いに顔を見合わせてゆらゆらと瞳を揺らす。
「……そう、ね。もう全て話してしまった方が、皆のためかもしれないわ」
「ルーナがそう言うなら……」
タンザナイトの瞳に憂いを滲ませながらも、公爵は応じる姿勢を見せた。
かと思えば、ゆっくりと過去のことを語り出す。
深い深い海の底へ沈んでしまいそうなほど、低い声で。
なる、ほど……リディアの誕生はこの三人にとって、完全に予想外で……不幸の始まりだったのね。
それはなんだか、とても……やるせない。
誰も悪くない分、余計に。
『リディアも含めて皆いっぱいいっぱいだったんだろうな』と考えつつ、ココアを飲み干す。
「事情は大体、分かりました。お話しいただき、ありがとうございます」
ペコリと頭を下げて感謝の意を示し、私は真っ直ぐ前を見据えた。
「あの、ここで一つ提案なのですが────」
そう言って姿勢を正すと、私は大きく深呼吸する。
次のセリフを言う時、声が震えないように。
ごめんなさい、リディア。貴方の願い、家族は諦めるしかないみたい。どうか、許して。
『その分、たくさん友人を作るから』と思いつつ、私はグッと強く手を握り締めた。
「────成人したら、私の籍をグレンジャー公爵家から抜いていただけませんか?」
「「「えっ……?」」」
公爵夫妻のみならず小公爵まで動揺を示し、大きく瞳を揺らす。
『何を言っているんだ?』と視線だけで訴え掛けてくる彼らを前に、私はスッと目を細めた。
「私がここに居ることで、皆さんを苦しめているのなら……離れるべきだと思うんです。無理をして一緒に居たって、いいことはありませんから」
『お互い辛くなるだけ』と主張し、私は空になったカップを近くのテーブルに置く。
と同時に、席を立った。
「本当は今すぐここを去るべきなんでしょうけど、世間知らずの私では間違いなく路頭に迷います。なので、自立出来る年齢になるまでは家に置いてください。それまでに一人で生きていける術を身につけておきますから。どうか、お願いします」
そう言って、私は深々と頭を下げた。
馴れ馴れしく娘のように振る舞うのは、違う気がして。
「これからは皆さんの邪魔にならないよう、息を殺して生きていきます。もう二度と接触は図りません。だから……」
「────やめて……!」
悲鳴のような声で叫び、公爵夫人は床に膝をついた。
かと思えば、下から掬い上げるようにして私の顔を上げる。
「貴方は……リディアは私達の子供よ!誰がなんと言おうと、それは変わらないわ!だから、そんな……悲しいことを言わないで!」